本稿は二所ノ関一門の続きとして、分家のさらに分家をたどる。押尾川から阿武松、放駒から芝田山・峰崎、尾車系、そして田子ノ浦から西岩・二所ノ関(元稀勢の里=大の里・白熊を擁する)まで。二所一門は現在16部屋・親方27人で構成される。
※相撲の一門とはシリーズ第8回(最終回)。第7回の続きにあたる。
分家の分家
元大麒麟の押尾川部屋から独立したのが元益荒雄の阿武松部屋であ
る。現在元大道が部屋を引き継いでいる。元大麒麟は押尾川部屋を
閉鎖し、弟子は尾車(元琴風)部屋へ移籍した。序二段飛燕力は元
大麒麟の弟子であった。

分家の分家の分家
元魁傑の放駒部屋から2つの分家が生まれている。まず、元大乃国
の芝田山部屋である。元魁傑が定年を迎えたとき放駒部屋を併合し
た。現在部屋に関取がいなく寂しい状態である。

もう一つが元三杉磯の峰崎部屋である。輪島が相撲界を離れざるを
得なくなり、花籠部屋の力士は放駒(元魁傑)部屋に移籍した。三
杉磯はその一人であった。峰崎部屋は元三杉磯の定年とともに閉鎖
した。
元琴風の尾車部屋から2つの部屋誕生した。元豪風の押尾川部屋で
ある。まだ歴史は浅いが、弟子の風賢央が十両に1度上がったこと
がある。

元嘉風は尾車(元琴風)部屋出身の力士である。尾車部屋閉鎖とと
もに中村親方としてニ所ノ関(元稀勢の里)部屋に移籍した。尾車
部屋は分家の分家であった。従って元嘉風の中村部屋は分家の分家
の分家に位置付けた。
分家の分家の分家の分家
分家花籠(元大ノ海)の分家二子山(元初代若乃花)の分家鳴戸
(隆の里)-田子ノ浦(元隆の鶴)の流れの中で田子ノ浦部屋から
独立した部屋が2つある。まず、元若の里の西岩部屋である。浅草
に部屋を構えた。これからの部屋である。
もう一、が元稀勢の里は荒磯部屋をおこすことになった。短期間で
現在のニ所ノ関部屋に名称を変更し、現在に至っている。大の里、
白熊など有望な力士を抱えている。
ニ所一門は現在16部屋27親方で構成されている。
(この項目終わり)
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