栃錦の金星配給率

昭和22年夏場所、栃錦が入幕したとき75キロあるかないかであった。
栃錦は特に小さいためとにかく動いた。めまぐるしいほど動きまわ
った。つかまって止まったら体重で押しつぶされてしまう。動きま
わって勝機を見出すしかなかった。

栃錦が技能賞の常連となったのは、入幕5場所目、入幕3年目であ
った。年3場所の時代、1年間で2回受賞し、3年続いた。昭和27
年には年3回受賞している。栃錦は小さいのによくやっているなあ
から恐るべき相撲にかける執念に見方が変わっていた。平幕最後の
場所となった昭和26年春場所は、7連敗8連勝という驚異のねばり
をみせている。横綱羽黒山の上手投げが決まりかかってから3つの
技を繰り出した。

栃錦のブロマイド
栃錦のブロマイド

栃錦が三役に定着したのは昭和26年の夏場所からである。体重は80
キロ。幕内の平均100キロ110キロであった。ただ、東富士、鏡里、
吉葉山は150キロ級であった。昭和27年秋場所、栃錦に初優勝のチ
ャンスがやって来た。14日目、関脇栃錦と大関吉葉山が1敗で激突
した。ところが栃錦は前夜から扁桃腺炎で40度の高熱をだしていた。
それを押し切っての出場だった。二枚蹴りで倒し、初優勝で大関昇
進を決定した。

若ノ花との初対戦は昭和26年夏場所だった。栃錦は初顔で負けてい
る。「自分より小さいのに負けた」と言っている。ともに横綱であ
った昭和33年三月場所から両者が優勝を争う大相撲の黄金時代を築
いた。大相撲史上初の千秋楽全勝決戦は最高潮に達した。後年栃若
時代と呼ばれ、両横綱が拮抗した珍しいケースとなった。

栃錦のブロマイド
栃錦のブロマイド

栃錦の金星配給率はどうか。横綱時代の平幕戦は172勝31敗である。
金星配給率は15.3%である。平幕戦が7番あれば1.1個配給してい
る。1場所最高の配給数は4個である。途中休場の場所である。時
津山・鶴ヶ嶺・安念山が4個、琴ヶ濱が3個獲得している。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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