相撲の一門 相関図|出羽海一門の系統と分家の歴史

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一門とは、複数の相撲部屋がゆるやかに連なった系統のことである。もともとは巡業をともにする共同組合のようなもので、いまは理事を生み出す共同組織になっている。なかでも出羽海一門は、明治の角聖・常陸山が一代で築いた出羽海部屋を本家とし、長く「分家を許さない」不文律で知られた名門である。本稿はその出羽海一門の系譜をたどる。

※本稿は田口が一門の成り立ちと出羽海の系統をたどったもので、一門シリーズの第1回にあたる。

部屋由来・独立の経緯
出羽海本家。明治の角聖・常陸山が一代で築いた
春日野元栃木山が創設。不文律ができる前に独立を許された
九重・八角元千代の山が北の富士らと破門独立した系統(現・九重=元千代大海、八角=元北勝海)
藤島元三重ノ海の武蔵川部屋から(現・元武双山)
境川元両国(前名小林山)が興した中立部屋から
出羽海一門のおもな部屋と独立の経緯(田口の系譜記述より)
目次

一門とは|巡業の共同組合から理事を生む組織へ

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物心がついたころ、取組は系統別だった。系統は本家と分家の関係がベースになっている。伊勢ノ海部屋にはそれがなく、柏戸は時津風部屋の豊山と対戦していた。孤軍奮闘である。それでも出羽一門、二所一門は、はっきり認識されていた。

もともと一門は、巡業の共同組合のようなものだった。いまの一門は、理事を生み出す共同組織になっている。部屋のルーツから見ると、現在の一門は複雑になっている。一門のルーツを色分けした表が、以下である。

相撲の一門のルーツを色分けした相関図

出羽海一門とは|分家を許さない名門

出羽海部屋は、明治の角聖・常陸山が一代で大きくした部屋である。元常陸山の出羽海から独立の許可を得ていたのが、栃木山だった。出羽海が元両国(前名国岩)の代のとき、元栃木山は春日野部屋を創設する。出羽海部屋の「分家独立を許さず」という不文律は、この元両国(前名国岩)から始まった。

佐田の山の代と、九重・八角の独立

元出羽ノ花が出羽海のとき、佐田の山が娘婿となった。これで元千代の山の出羽海は跡を継ぐ目がなくなり、北の富士らを連れて独立する。破門による独立で、それが現在の九重(元千代大海)部屋、八角(元北勝海)部屋につながっている。

出羽海(元佐田の山)と武蔵川(元出羽ノ花)
<出羽海(元佐田の山)と武蔵川(元出羽ノ花)の記事>

不文律の消滅|藤島・境川へ

元佐田の山の出羽海の代で、「分家独立を許さず」の不文律は事実上なくなった。元三重ノ海が武蔵川部屋を興す。これが現在の藤島(元武双山)部屋である。さらに元両国(前名小林山)が独立して中立部屋を創設した。これが現在の境川部屋になっている。本家を守り続けた出羽海も、いまは多くの部屋が枝分かれしている。

出羽海一門についてよくある質問

Q. 相撲の一門とは何ですか?
複数の相撲部屋がゆるやかに連なった系統のことです。もともとは巡業をともにする共同組合のようなもので、いまは理事を生み出す共同組織になっています。

Q. 出羽海一門にはどんな部屋がありますか?
本家の出羽海部屋を中心に、春日野・九重・八角・藤島・境川などが連なります。いずれも出羽海から枝分かれした系統です。

Q. 出羽海一門の「分家を許さない」とはどういう意味ですか?
元両国(前名国岩)の代から続いた、分家の独立を認めない不文律のことです。元佐田の山の代で事実上なくなり、藤島・境川などが独立しました。

相撲の一門とは シリーズ総論(五系統の仕組み)①出羽海(本稿)②出羽海の分家③高砂④時津風⑤八甲山系・宮城野⑥伊勢ヶ濱⑦二所ノ関⑧二所ノ関の分家 | 相撲部屋と一門の系統まとめ(完全ガイド)

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この記事を書いた人

日本経済新聞で15年間記者を務め、日経HRの編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するフリーライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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