大相撲

3大関の大関優勝率

三月場所の優勝争いは面白かったという声が
多い。しかし、優勝争いをしたのは関脇若隆
景であり、平幕高安・琴ノ若であった。大関
は3人いたが、誰も優勝にからめなかった。
横綱照ノ富士が途中休場したにもかかわらず。

<貴景勝>

大関は協会の看板であり、特別待遇を受けて
いる立場である。一般の企業組織で副社長が
業績を残せないままだと問題になる。それ
では大関の優勝率はどの程度なのか。

貴景勝 大関16場所中優勝1回
正代  大関10場所中優勝なし
御嶽海 大関1場所

惨憺たる数字になる。御嶽海はまだ大関1場
所だが、ずるずるといかないことを願うばか
りである。魁皇は大関優勝4回だが、大関
在位は65場所である。約16場所に1回になる。

<正代>

大関は優勝とは無縁の存在だということに
なる。現代、名大関はおろか、大関としての
存在価値さえ示していないことになる。

大関は関脇・小結の倍稽古しろ、といった
のは栃木山である。体重が増えると汗がたま
っているといって稽古で体重調整をした。
稽古なくして大関らしさは生まれてこない。

<栃木山のブロマイド>
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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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