栃ノ海の金星配給率

栃ノ海は本名花田茂広。靑森県出身で実家はりんご園を経営してい
た。そのため初代若乃花の親戚関係かと思われたが、そういう事実
はなかった。小学校時代の友人が力士になっていたことが入門に影
響を与えた。入門時の師匠元栃木山の春日野は栃ノ海を高くかって
いた。幕下時代、納谷(大鵬)は花田(栃ノ海)に苦戦していた時
期があった。5連敗した。納谷は、背は高かったがまだ細かった。

入幕時は88キロ、大関昇進時102キロだった。小兵の技能力士とし
て浮上してきた。技能賞は6回受賞している。最高でも177センチ、
110キロだった。頭からあたって両前褌を取り、しぼって拝む形で
出る寄り、切れ味鋭い出し投げは理詰めの相撲だった。栃錦よりう
まいといわれた。

津軽のじょっぱり精神で大鵬・柏戸の大型力士に割ってはいった。
手順通りに運ぶと、大鵬も柏戸も苦戦した。最高潮は大関時代の昭
和38年十一月場所、低くはいって左ざし右おっつけでもろざしに入
ると、腰をいれて切り返しでゆさぶりながら寄る。この場所大鵬、
柏戸の両横綱を撃破し、14勝1敗で2回目の優勝を達成した。翌場
所13勝をあげ、横綱に昇進した。

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横綱昇進2場所目が3回目で最後の優勝になってしまった。椎間板
ヘルニアの再発と右上腕膜筋肉断裂で満足いく土俵が務められなく
なった。誰とやっても勝てそうな気がしなかった。栃ノ海は綱の重
さにつぶされたという見方まであった。不本意ながら28歳で引退し
た。横綱になったとき、思いっきり5年間やってみようという思い
は届かず、栃ノ海は土俵を去った。

栃ノ海の金星配給率

栃ノ海の金星配給率はどうか。横綱時代の平幕戦は56勝34敗だった。
金星配給率は38%あった。1場所7番平幕戦があったら2.6個配給し
ていることになる。横綱として弱さが出ている。最多配給場所は4
個で3場所ある。大豪が5個、富士錦が3個獲得している。

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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