前田山の金星配給率

前田山という名は意味深い四股名である。十両昇進を控えた佐田岬
時代、右腕が悪性骨髄炎にかかった。腕を切断しなければならない
のか、まで追い詰められていた。このとき慶応病院の前田和三郎博
士による執念の治療と手術で奇跡的な回復を遂げた。この手術への
恩義から四股名を「前田山」と改名した。

前田山は小結から大関に昇進した珍しい力士である。その前田山が
大関6場所目(3年目)の昭和16年春場所、張り手旋風を巻き起こ
した。立ち合いからの激しい張り手を武器に豪快な戦いぶりであっ
た。大関羽黒山を張り倒し、横綱英雄双葉山を張りまくって次々と
撃破し、相撲界に一大センセーションを巻き起こした。双葉山・羽
黒山は14勝1敗だったがともに前田山に敗れた一番だった。

前田山のブロマイド
前田山のブロマイド

前田山の張り手をめぐって是非論が展開された。
「張り手も相撲の技だ」
「戦時下にふさわしい闘志だ」
「横綱や大関が張り手を使うのは見苦しい」
「喧嘩相撲だ。そうまでして勝ちたいか」
喧々諤々の論争となった。

前田山は大関を8年務め横綱に昇進した。しかし、横綱として満足
いく土俵は務められなかった。
6勝5敗
0勝1敗10休
3勝6敗2休
5勝3敗5休
9勝6敗
1勝6敗8休
最後、休場中に日米野球の観戦に出かけたことが報じられ、引退を
迫られた。前田山は終盤土俵入りを申し入れたが、協会に拒否され
引退せざるを得なくなった。

前田山のブロマイド
前田山のブロマイド

横綱在位6場所の前田山の平幕戦は16勝8敗であった。金星配給率
33%であった。平幕戦が7番あれば2.3個金星提供したことになる。
8敗はすべて別人である。力道山に2不戦敗がある。また連続不戦
敗を記録している。

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この記事を書いた人

日本経済新聞で15年間記者を務め、日経HRの編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するフリーライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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