大相撲

横綱フル出場なしの場所6

2021年4月23日

■平成初期 7回 のうち4回から

平成4年三月場所、一人横綱北勝海が3日目
から途中休場した。優勝争いは3つ巴となっ
た。千秋楽を迎え、大関小錦・霧島が2敗。
小結栃乃和歌が2敗であった。千秋楽小錦と
霧島が相星で対戦するので優勝ラインは13勝
2敗になるのは確実であった。栃乃和歌は
7勝7敗の水戸泉と対戦して敗退。小錦と
霧島の対戦は小錦が制して、3回目の優勝を
達成した。小錦は12勝-11勝-13勝優勝-
12勝-13勝優勝したが、横綱昇進はならなか
った。当時、外国人横綱はいらない、という
論文が雑誌に掲載されていた。小錦が横綱に
なれないのは人種差別という騒ぎになった。

<小錦>

平成4年五月場所前に北勝海は引退した。
まだ28歳であった。ここから平成5年一月
場所までの5場所が横綱不在となった。横綱
不在のテーマは以前執筆しているので、ここ
では触れない。

平成6年五月場所一人横綱曙が初日から10連
勝したが、12日目から休場した。優勝は大関
貴ノ花と大関武蔵丸の間で争われた。千秋楽
をむかえ、貴ノ花1敗、武蔵丸2敗で直接
対決となった。貴ノ花が武蔵丸を退けて5回
目の優勝を達成した。貴ノ花の直近の5場所
は12勝-7勝-14勝優勝-11勝-14勝優勝で
あった。

<曙>

翌七月場所、一人横綱曙は全休した。大関
武蔵丸と大関若ノ花は初日から連戦連勝。
両力士のマッチレースとなった。ともに12連
勝して13日目に直接対戦した。パワー技巧を
制す。武蔵丸が勝ち、残り2日間も勝って
全勝で初優勝した。若ノ花は14勝しながら
次点で終わった。武蔵丸が横綱になるのは
この時点でから31場所後、若ノ花が横綱に
なるのはこの時点から25場所後であった。

<若ノ花>

翌九月場所、一人横綱曙は連続全休となった。
大関貴ノ花は快調に白星を重ね、全勝優勝
した。次点は13勝2敗の武双山であった。
貴ノ花は全勝優勝したことで直近の5場所は、
14勝優勝-11勝-14勝優勝-11勝-15戦全勝
優勝となった。だが、5場所中3場所優勝
しても横綱になれなかった。師匠の二子山
(元貴ノ花)は「りっぱな成績だと思うん
だがね」と残念がっていた。当時は2場所
連続優勝が絶対の時代であった。

<貴乃花>

■平成10年代 6回

平成11年三月場所、横綱曙全休、横綱若乃花・
貴乃花は途中休場した。この時点で貴乃花は
20回優勝、曙は9回優勝、若乃花は5回優勝
していた。同期3人組はここにきて差がつい
ていた。この場所は大関武蔵丸と大関貴ノ浪
の間で争われた。両力士2敗で千秋楽に激突
した。武蔵丸が勝って4回目の優勝を成し
遂げた。武蔵丸は翌場所も優勝して横綱に
昇進した。最高位横綱の大関在位場所数は
琴櫻と武蔵丸の32場所が最高である。もっ
とも琴櫻が32歳で横綱になったのに比べ、
武蔵丸は28歳だった。

<武蔵丸>

(この項目続く)

東京は日曜から再び緊急事態宣言に突入。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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