大相撲

3横綱時代の休場

2018年3月9日

三月場所は結局白鵬が休場、鶴竜、貴ノ岩が
出場することになった。ただし、15日間務ま
るとは限らない要因を含んでいる。場合に
よっては3横綱休場のケースが出てくるかも
しれない。白鵬、日馬富士、鶴竜、稀勢の里
の4横綱の皆勤はついに1度もなかった。
3横綱時代になって2場所目、3横綱が休場
となったら、三月場所は寂しい場所になる。
180113初日前日 263
<2場所連続休場の白鵬>

横綱が実質地位化された明治の角聖常陸山
以降3横綱時代は132場所ある。その中で2
横綱が休場したケースはけっこうあるが、
3横綱の休場となると珍しい。以下の3例
のみである。

昭和23年秋場所 
羽黒山 全休 
照国  2勝5敗4休 
前田山 3勝6敗2休

昭和25年春場所
羽黒山 6勝4敗5休
照国  2勝2敗11休
東富士 6勝6敗3休

平成11年三月場所
曙   全休
貴乃花 8勝3敗4休
若乃花 5勝5敗5休 

三月場所のように2横綱の全休の最初は明治
まで遡ることになる。ほかに1例ある。

明治44年夏場所
常陸山 全休
梅ヶ谷 全休
太刀山 10勝優勝

昭和12年夏場所
玉錦   9勝4敗
武蔵山  全休
男女ノ川 全休

初日不戦敗のあと休場を実質的全休と見ると以下が加わる。
昭和23年夏場所
羽黒山 全休 
照国  9勝2敗 
前田山 0勝1敗10休
180109明治神宮土俵入り 237
<出場を決めた鶴竜>

3横綱時代が最も長かったのが、白鵬・日馬
富士・鶴竜の18場所である。わりと最近で
ある。皆勤は9場所とこちらも最多である。
これに続くのが千代の富士・北勝海・大乃国
の16場所である。皆勤はぐっと減って4場所
である。(千代の富士の14勝1不戦敗は皆勤
扱いとせず)

一月場所から始まった白鵬・鶴竜・稀勢の里
の3横綱はまだ2場所目にも関らず、早くも
休場がクローズアップされてきている。今場
所も横綱同士の一番はない。
170211福祉 321
<6場所連続休場の稀勢の里>

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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