★谷風の連勝は63といわれるが本当か?
俗に安永7年春場所に始まったといわれるが、翌場所全休している。
その後以下になる。
安永8年春場所 9勝
安永8年は1778年で、徳川将軍でいうと第10代将軍の徳川家治の時
勢である。千秋楽休んでいるが、番付上段力士はほとんど休んでい
る。
安永8年冬場所9勝1分(18連勝)
千秋楽は五人掛であった。
安永9年春場所 6勝(24連勝)
安永9年冬場所 8勝0敗2預(32連勝)
千秋楽は五人掛であった。
安永10年春場所 9勝(41連勝)
千秋楽は上段・二段目力士全員休んでいる。
天明元年冬場所 9勝(50連勝)
千秋楽休んでいるが、番付上段出場力士の半分は休んでいる。
天明2年春場所 や○○○や○●○○や
取組は現代のようにあらかじめ決まったスケジュールに沿って進む
のではなく、その日その日に組んでいた。力士が「今日は休みます」
と事前に、あるいは当日に申告した場合、その力士の取組自体が最
初から組まれなかった。自己都合の休場は連勝できなかったことに
なる。従って谷風の連勝は50連勝になる。

★初代梅ヶ谷の58連勝はどうか?
明治10年(1877年)夏場所、梅ヶ谷は4目自己都合休場している。
この場所はその後5連勝している。地位は小結だった。このとき上
段力士は千秋楽全員休んでいる。
慣習になっていた。
明治11年春場所 9勝
明治11年夏場所 5日目から3休している。
明治12年春場所 6勝3分
明治12年夏場所 初日から3休
明治13年春場所 初日から5休
明治13年夏場所 9勝
明治14年春場所7勝1敗1分
最終日に負け連勝は16でストップした。
明治14年夏場所 8勝1相手休
1対戦相手休みがあるがこれは責任外。
明治15年春場所 全休
明治15年夏場所 5勝1分1相手休
明治16年春場所 6勝1休
明治16年夏場所 初日~5日目まで休場
明治17年春場所 7勝1分1相手休(10連勝)
明治17年夏場所 7勝2敗(17連勝)
初代梅ヶ谷の連勝は自己都合休場が多く、17連勝が最高であった。