個人的見解だが、大鵬の晩年は昭和44年七月場所からだと思う。そ
の1年後すなわち昭和45年七月場所の3日目、小結三重ノ海は大鵬
に初挑戦した。入幕6場所目だった三重ノ海が横綱大鵬に対して鋭
くもろ差しに食い下がり、そのまま寄り切って勝利した。この一番
で大鵬は右足首を捻挫しただけでなく、引退騒動を起こしている。
結局引退には至らず、この場所は休場となった。三重ノ海は横綱玉
の海にも勝ち、殊勲賞を獲得している。
三重ノ海は貴ノ花、輪島、魁傑とともに将来の大関候補であった。
実際は彼らに先を越されただけでなく、大受、北の湖にも先んじら
れた。関脇で優勝して昭和50年十一月場所後に大関に昇進した。と
ころがわずか3場所で大関の座を明け渡している。翌場所10勝して
大関に復帰した。
このまま大関で終わるものかと思われた。大関復帰後8場所連続1
ケタ勝利が続いた。昭和53年には4場所2ケタ勝利し、おやっと思
わせた。昭和54のとき、強い三重ノ海が浮かび上がってきた。11勝
ー10勝-13勝ー14勝をあげた。14勝のときは輪島と優勝決定戦を行
っている。

横綱に昇進した三重ノ海だが、すでに31歳になっていた。短命の恐
れがあったなか、連続優勝を達成し、そのなかに全勝優勝がはいっ
ていたのは最後の花であった。横綱在位はわずか8場所に終わった。
昭和55年十一月場所、初日から連敗を喫した際「横綱の責任を果た
せない」と引退した。存命する横綱としては最長老である。
三重ノ海の横綱時代、平幕戦の成績は26勝10敗であった。金星配給
率は24.5%である。平幕戦が7番あれば1.9個提供していることに
なる。金星なしが1場所、3固提供が1場所ある。千代の富士と黒
瀬川が2個獲得している。両力士は同じ場所で金星を得ている。