栃煌山が影山と呼ばれていた時代

2006年七月場所初日、東西幕下の筆頭の影山と下田が激突
した。幕内で活躍する栃煌山にかつてあった十両をうかがう
日々。当時の彼の勇士を振り返ってみよう。
栃煌山
2006年大関白鵬が初優勝を達成した五月場所、幕下では
1枠しかない空きをめぐって十両昇進争いが繰り広げ
られていた。有力候補は3人、西幕下筆頭4勝3敗の龍皇、
西幕下3枚目5勝2敗の影山(後の栃煌山)、幕下15枚目
格付け出しで7戦全勝の下田(後の若圭翔)である。
幕下15枚目以内で7戦全勝なら昇進という規定があったが、
15枚目と15枚目格は違う、下田も有力候補だが第一候補
ではないということで結局西幕下筆頭4勝3敗の龍皇が
十両へ昇進した。影山は東幕下筆頭、下田は西幕下筆頭に
据え置かれた。
そんな背影の中、七月場所で東西幕下筆頭の両者は初日に
激突した。連続写真で紹介しよう。このときの勝敗がその
まま後の明暗を分けた。龍皇、影山が入幕したのに対し
若圭翔のみ、いまだに幕下で停滞している。
栃煌山1
栃煌山2
栃煌山3
<景山対下田 左上から左下、右上から右下にご覧ください>
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この記事を書いた人

日本経済新聞で15年間記者を務め、日経HRの編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するフリーライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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