大相撲

朝青龍のいない土俵

2014年10月24日

逸ノ城の登場で力士はますます大型化してきた。土俵で
目立つのは攻めていったほうが逆転負けをするケース、
はたきや引きがよく決まるケースである。力士の大型化と
いえば聞こえはいいが、要は太りすぎである。

それほど昔に遡らなくても北の富士・玉の海のころは
130キロが普通であり、150キロ以上は巨漢であった。
体重が重くなって見られるケースがほとんどなくなった
のがうっちゃりと吊り出しである。水入りもほとんど
見ることはできない。
080125十三日目幕内後半 348琴光喜対朝青龍連続写真2
<2008年一月場所 琴光喜対朝青竜>
 
今、優勝候補は白鵬以外あげにくい。せめて朝青龍が
いれば土俵はもっと違ったものになっていたのではと
考えてしまう。何より、スピード、集中力、技の切れ 
どれひとつとっても朝青龍を上回る力士はいない。
080524十四日目幕内 158
すべてはいい年をした朝青龍の自覚のなさが招いた結果
だが、朝青龍が事実上強制引退させられたとき、土俵が
単調になったという印象を与えなければと不安視した。
だが、力士の太りすぎ傾向はこれに拍車をかけている。
闘志をあらわにし、土俵に活気をあたえていた朝青龍が
今は懐かしく思える。
100124千秋楽表彰 613

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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