佐渡ヶ嶽部屋は、昭和30年に初代琴錦が7人の弟子とともに二所ノ関(元佐賀ノ花)部屋から独立して興した部屋である。師匠は初代琴錦、横綱琴櫻、元関脇琴ノ若と継がれ、2024年に大関琴ノ若(いまの琴櫻)が誕生して、1横綱6大関を出したことになった。
田口 通廣が2024年2月に書いた記事による。2026年九月場所の番付では、大関琴櫻、前頭筆頭の琴勝峰・琴栄峰の3人が幕内にいる(協会の部屋ページ・2026年9月27日確認)。所属力士は佐渡ヶ嶽部屋の力士一覧にある。
佐渡ヶ嶽部屋の歴代の師匠と主な弟子
| 師匠 | 名跡の代 | 主な弟子(田口の記事による) |
|---|---|---|
| 初代琴錦(昭和30年に独立) | 11代 | 横綱琴櫻、大関琴ヶ濱(移籍) |
| 元横綱琴櫻 | 12代 | 大関琴風、関脇琴錦・琴ノ若・琴ヶ梅・琴富士、小結琴稲妻 |
| 元関脇琴ノ若(平成17年十一月場所から) | 13代 | 大関琴欧洲・琴光喜・琴奨菊・琴ノ若(いまの琴櫻) |

佐渡ヶ嶽部屋の力士の四股名に「琴」が付く理由は佐渡ヶ嶽部屋の四股名に「琴」が付く理由にある。
佐渡ヶ嶽部屋の始まり|初代琴錦の独立と琴ヶ濱の移籍
佐渡ヶ嶽部屋は、初代琴錦が昭和30年、7人の弟子とともに二所ノ関(元佐賀ノ花)部屋から独立して興した。初代琴錦は、玉錦が現役で亡くなったときの弟子で、その時は序ノ口だった。
ただ、内弟子だった琴ヶ濱の移籍はかなわなかった。琴ヶ濱の移籍が実現したのは3年以上たった昭和33年十一月場所で、琴ヶ濱はすでに大関になっていた。

紙一重の継承|琴櫻が急遽継いだ佐渡ヶ嶽部屋
横綱琴櫻と師匠の佐渡ヶ嶽(元初代琴錦)は、引退をめぐって十分な話し合いが行われていなかった。引退を引っ込める、引っ込めないでもめ、感情的になってしまった。琴櫻は独立して白玉部屋を興すつもりでいた。
実現していたら、四股名に「琴」がつく力士は生まれなかっただろう、と田口は見ている。ところが、病気中だった佐渡ヶ嶽が突然亡くなり、琴櫻が急遽佐渡ヶ嶽を引き継ぐことになった。
田口はこれを紙一重の継承と呼び、佐渡ヶ嶽(元初代琴錦)がもう少し長生きしていたら、歴史は間違いなく変わっていたと書いている。

琴櫻の代|熱心なスカウトで勢力を広げる
佐渡ヶ嶽部屋は琴櫻の代で勢力を拡大した。熱心な弟子のスカウトと指導が、多くの弟子を育てた。
大関琴風、関脇琴錦・琴ノ若・琴ヶ梅・琴富士、小結琴稲妻らを育てた。琴欧洲・琴光喜を関脇まで、琴奨菊を幕内まで育て、平成17年十一月場所中に定年を迎えた。

元琴ノ若の代|琴欧洲・琴光喜・琴奨菊と、大関琴ノ若(いまの琴櫻)
娘婿である琴ノ若は、その場で引退して部屋を継承した。彼のもとで琴欧洲・琴光喜・琴奨菊が大関に育った。
2024年には琴ノ若が大関に昇進し、佐渡ヶ嶽部屋はこれまでに1横綱6大関を出したことになった。横綱琴櫻と、大関琴ヶ濱・琴風・琴欧洲・琴光喜・琴奨菊・琴ノ若である。田口は、ここまでくれば名門であると書いている。
大関になった琴ノ若は、祖父の大関琴櫻と同じ26歳での昇進で、その後は琴櫻を名乗っている(大関琴ノ若は大関琴櫻を超えられるのか)。協会の力士プロフィールでも、しこ名履歴は「琴鎌谷→琴ノ若→琴櫻」である。
佐渡ヶ嶽部屋のいま|2026年九月場所の番付
田口が記事を書いた2024年2月の時点で、佐渡ヶ嶽部屋には大関琴ノ若、幕内琴勝峰、十両琴恵光(元幕内)がいて、幕下にはホープの琴手計・琴挙龍が控えていた。田口は、佐渡ヶ嶽部屋は前途洋々であると結んでいる。
2026年九月場所の番付では、西大関の琴櫻、東前頭筆頭の琴勝峰、西前頭筆頭の琴栄峰の3人が幕内にいる(協会の部屋ページ・2026年9月27日確認)。琴恵光は引退し、いまは尾車親方として佐渡ヶ嶽部屋にいる(協会の年寄一覧・同日)。
▶ 佐渡ヶ嶽部屋の琴恵光の経歴は→琴恵光の経歴|祖父松恵山を超えて苦節11年で入幕、現在は尾車親方
佐渡ヶ嶽部屋から独立した部屋には、元琴風の尾車部屋、元琴欧洲の鳴戸部屋、元琴奨菊の秀ノ山部屋がある、と田口は2026年2月の記事に書いている(現代相撲部屋の系統8)。尾車部屋からは元豪風の押尾川部屋が独立し、佐渡ヶ嶽部屋出身の元琴錦は朝日山に落ち着いて部屋を興した。
佐渡ヶ嶽部屋についてよくある質問
Q. 佐渡ヶ嶽部屋の歴代の親方は?
昭和30年に部屋を興した初代琴錦、横綱琴櫻、元関脇琴ノ若と継がれています。琴櫻は師匠の急死で急遽継ぎ、琴ノ若は平成17年十一月場所に、師匠琴櫻の娘婿として引退して継ぎました。2026年9月27日の協会の年寄一覧でも、佐渡ヶ嶽は元関脇琴ノ若です。
Q. 佐渡ヶ嶽部屋から出た横綱・大関は?
田口が2024年2月に数えたところでは、横綱琴櫻と、大関琴ヶ濱・琴風・琴欧洲・琴光喜・琴奨菊・琴ノ若の1横綱6大関です。琴ノ若はいまの大関琴櫻です。
Q. 佐渡ヶ嶽部屋はいつ、誰が興しましたか?
昭和30年に、初代琴錦が7人の弟子とともに二所ノ関(元佐賀ノ花)部屋から独立して興しました。
Q. 琴櫻はなぜ佐渡ヶ嶽部屋を継いだのですか?
引退をめぐって師匠の佐渡ヶ嶽(元初代琴錦)ともめ、独立して白玉部屋を興すつもりでいましたが、病気中の師匠が突然亡くなり、急遽継ぐことになりました。
Q. いまの佐渡ヶ嶽部屋の幕内力士は?
2026年九月場所の番付では、大関琴櫻、前頭筆頭の琴勝峰・琴栄峰の3人です(協会の部屋ページ・2026年9月27日確認)。
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