双葉山に傾倒し、相撲を見る基準を双葉山においた小坂秀二氏はい
う。昭和の横綱で天才といわれたのは戦前の照國と戦後の大鵬であ
る。両横綱に共通していたのは腰である。前に傾けていなければ相
撲が取れなかった。反り腰の強さはなかった。
照國の相撲は桜色の音楽と言われた。相撲人形のような色白の巨体
が徐々に赤みを増していく様子とリズミカルな取り口からきている。
照國は大関2場所で横綱に昇進した。23歳4ヵ月は当時の横綱昇進
最年少記録であった。後に大鵬が破り、さらに北の湖が更新してい
る。

双葉山戦に3勝2敗と勝ち越しているが、これには理由がある。取
組が東西制のため、同じ方屋だった昭和15年春場所から昭和17年春
場所まで5場所対戦がなかった。その後方屋が異なったため対戦が
実現した。双葉山15戦全勝、照國14勝1敗で優勝を争ったことがあ
った。照國の1敗は双葉山戦であった。
照國は優勝が遠かった。後輩の東富士、千代ノ山に先んじられてい
た。照國の初優勝は横綱18場所目あった。翌場所全勝優勝している。
優勝は2回であったから最後の花だった。

照國の横綱時代の平幕戦は98勝21敗であった。金星配給率は18%で
あった。平幕戦が7番あれば1.3個金橋を配給した計算になる。三
根山に3個、柏戸・吉葉山・若葉山に2個提供している。なお、横
綱時代三根山とは9勝7敗1不戦敗だった。