大相撲

北の湖対輪島46番勝負1

50という数は丁度いい数字としてよく対戦50回以上
が取り上げられる。しかし、北の湖には50回以上の
対戦者はいない。ただ、45回以上の対戦は3人いる。
貴ノ花、輪島、2代目若乃花である。

そのなかでも拮抗した輪島戦をピックアップしてみ
る。北の湖対輪島は46回戦っている。この中には優
勝決定戦が3番含まれている。

<北の湖>

輪島の新入幕は昭和46年一月場所である。大鵬最後
の優勝場所である。北の湖はその1年後に新入幕を
果たした。ただし、5勝10敗と大敗している。この
ときまだ18歳であった。

両力士がともに関脇以下のとき2番勝負している。
この時は輪島が2勝している。輪島は大関に昇進し
た。大関輪島に対して北の湖は1勝2敗であった。
このあたりはまだ輪島の実力がうわまわっていた。

その輪島は横綱に昇進した。北の湖は小結・関脇に
定着してきた。北の湖最後の関脇となった昭和49年
一月場所に異変はおこった。初日いきなり横綱輪島
対関脇北の湖線が実現した。輪島は2連覇後の場所
であり、北の湖は先場所関脇で10勝したばかりであ
った。この一番で北の湖が輪島に堂々と勝ったので
驚きの結果となった。

<輪島>

この後輪島は富士櫻に敗れ、2連敗スタートとなっ
た。だが、さすがにその後連勝していった。ところ
が北の湖も初日から連勝していった。11日目、輪島
と同部屋の魁傑が北の湖をストップした。それでも
1差は埋まらず、直接対決も初日にすんでいた。北
の湖は逃げ切って初優勝を成し遂げた。

北の湖が関脇以下のとき、横綱輪島戦は1勝3敗で
あった。しかし、この1勝は値千金となった。

(この項目続く)

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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