羽黒山は双葉山の弟弟子で双葉山の陰に隠れた一面がある。同じ立
浪部屋で対戦することもなかった。対戦していれば負けていた可能
性もあるが、「ひょっとよしたら、羽黒山は、双葉山より強いので
は」という声もあった。左四つ両まわしを取ると相手が浮きあがっ
た。

戦後の混乱期。食料事情は悪く、常設会場を失った大相撲。人気が
まるでなかった時代、羽黒山は4連覇している。ようやくクローズ
アップされた。その後、群雄割拠の時代で3連覇以上する力士は誰
もいなかった。横綱優勝6回(通算7回)、横綱優勝勝率20%、横
綱勝率7割7分8厘であった。
昭和23年4月の巡業でアキレス腱断裂によって休場を余儀なくされ
た。このとき3場所連続全休し、35連続休場している。7回目の優
勝は6回目の優勝から実に12場所目であった。15戦全勝であった。
なぜか大関吉葉山戦がなかった。これが最後の優勝となった。

そのとき37歳であった。その翌場所は7勝3敗5休で負け越してい
る。晩年であった。38歳のときに引退した。年2場所から3場所制
がメインの横綱であった。
羽黒山の横綱時代、平幕との対戦成績は139勝22敗であった。金星配
給率は13.7%である。平幕戦が7番あれば0.96敗である。備州山に
4個、相模川・若ノ花に2個金星を提供している。