去る三月場所、霧島が14日目敗れても優勝が決まった。さらに千秋
楽も敗れ有終の美を飾れなかった。大阪場所は大いに盛り下がった。
優勝もうれしさは半減なり。かどうかは本人しかわからない。優勝
は優勝だし、大関復帰を果たした。
似たようなケースが昭和4年9月場所にあった。ただし、15日制で
はなく11日制であった。また取組は東西制で東の力士は西の力士と
しか対戦しなかった。対戦相手は現代よりゆるやかである。初日9
月20日日曜、千秋楽水曜で名古屋市大池町の名古屋仮設国技館で行
われた。

そのときの番付が以下で夏場所と同じである。当時東京場所と地方
場所の合計の成績で番付が編成されていた。
常ノ花 横綱 宮城山
常陸岩 大関 豊 國
大ノ里 張出 能代潟
玉 錦 関脇 錦 洋
若葉山 小結 真 鶴
山 錦 前1 清瀬川
玉 碇 前2 朝 潮
新 海 前3 雷ノ峰
東方は20人いるが、15人が出羽海部屋である。
常ノ花は西方11人と対戦する。前頭6枚目までが対戦圏内である。
朝潮以下の平幕に勝って5連勝でスタートした。中日関脇錦洋に寄
り倒しで敗れ1敗したもののその後3連勝して9日目で9回目の優
勝を決めた。当時優勝決定戦はなく同点の場合番付上位が優勝であ
った。宮城山、豊國は3敗で逆転はなかった。

10日目、常ノ花は大関豊國と対戦して寄り切りで敗れた。千秋楽は
横綱宮城山と対戦した。宮城山は大阪横綱で東西合併により常ノ花
と対戦していた。勝負は吊り出しで宮城山が勝ち、常ノ花は優勝決
定後2連敗で場所を終えた。成績は8勝3敗。11日制で最低の優勝
だった。
今日の運勢が気になったら
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