大相撲

47年前の大相撲の長所短所

2016年2月11日

北の湖理事長以前に理事長現職で亡くなった方に元横綱
双葉山の時津風理事長がいる。時津風理事長の後は元出
羽ノ花の武蔵川が理事長に就いた。専門誌「大相撲」(読売
新聞社刊)1969年3月号では「武蔵川内閣への期待と不安」
という特集を組んでいる。その中に大相撲の”長”と”短”という
見出しでそれぞれが紹介されている。これは読者アンケート
によるものである。ちなみに47年前は大鵬が29回目の優勝
と44連勝を達成しているときである。

そこには何が記されているか。現代と比較してどうなのか。
まず、長所からみていこう。
●好きなところ
1.男と男が全力をあげて一本勝負をするところ…三八二
2.わずかな間(瞬間的)に全力出し切る点…三〇七
3.伝統的、古典的な国技のゆかしさ、力強さ、美しさ…
二六三
4.体重別がなく、小さなものが大きなものを倒す痛快さが
こたえられない…二三〇
5.立ち合いのぶつかりあいの迫力…二一三
6.八百長がないと思うから…一三一
7.ひいきにしている力士、部屋があるから…一三〇

8.子供のとき、玉錦(あるいは双葉山、東富士、栃錦、
若乃花)をみたから…一一二
9.土俵入りがきれい、力強い…一〇一
10.実力だけがものをいう世界である…九八
11.相撲という競技に興味はないが、力士という人間に
興味がある…七五
12.単純なようで内容がある…七〇
13、努力次第で、実力さえつけば出世できる…六七
14.学生時代に相撲を取ったから…五九
15.郷土力士、友達が活躍しているから…五六

多項目にわたって述べられている。このうち4、は現代
の重量級時代ではあまり見られない。重量級に押しつぶ
されているほうが多い。6.は2011年に八百長が発覚し
たことから、それ以前から脈々と伝わってきたと考える
ほうが、自然である。8.はもう少し時代が過ぎ、大鵬、
北の富士、玉の海、輪島、北の湖、千代の富士、貴乃花
になるだろう。14はかなり特殊である。現代なら多用で、
相撲の楽しみ方・好きな理由は様々である。7.はもっと
多いのでは。
大相撲
<大相撲 読売新聞社刊>
 
●きらいなところ
1.無意味と思われる仕切りが長々と続きすぎる…五五二
2.立ち合いがきたない、悪い…四八九
3.はっきりした誤審が多い(テレビでわかったあとの誤審
も少なくないし、新聞の写真ではっきりすることもある)の
に、写真を参考にせず、勝敗の訂正もせず、ほおかむりし
てしまう…三二六
4.全力をだしきらぬ相撲が多い(つられて足をバタつか
せない力士がいる)…二七八
5.八百長らしい相撲がある…二二〇
6.茶屋制度のため(?)相撲好きでない人がいい席に
いる。いい席でなくても茶屋を通すと高くつく…二〇三

7.協会幹部が封建的で老化しており、他人の意見を取
り入れない…一三三
8.けいこ不足でたるんだからだの力士がいる…七九
9.大鵬が強すぎる…七二
10.大関が三場所負け越さないと落ちない、規則が不備
…七〇
11.見たいと思っていっても、いい席が買えない…六四
12.サービス会社(茶屋)のサービスが悪い、マスが狭い、
出方の態度が悪い…五九

1.について。立ち合いは本来呼吸を合わせるもので、
呼吸があえば時間前に立ってもいいのである。最初から
立つ気がない立ち合いは無意味といわれてもしょうがな
い。2.は当時ビデオ判定はなく、審判は一門の利益代
表であった。微妙な勝負で自分の一門の力士に軍配が上
がらないと、物言いをつけた。現代では考えらない時代
であった。茶屋に対する不満が多い。当時企業の接待客
がいい席にすわり、相撲好きは遠くに追いやられていた。
大関は年6場所制と共に(昭和33年)3場所連続負け越
さなければ陥落しなかった。大鵬が強すぎるは現代なら
白鵬が強すぎるに相当する。

さて、あなたならどんな大相撲の長短をピックアップし、
どういう順位をつけるか、試みてはいかが。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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