■三賞獲得10回
若の里 殊4敢4技2
若の里の三賞は新入幕の敢闘賞が初である。平成10年五月場所のこ
とである。1年後は技能賞を受賞している。平成12年九月場所から
敢闘、殊勲、殊勲と3場所連続三賞を獲得した。最初の殊勲章は優
勝曙に唯一の黒星をつけている。2回目の殊勲賞は14勝優勝武蔵丸
に勝っての受賞である。
若の里には19場所連続関脇・小結在位の記録をもっている。平成14
年一月場所から平成16年一月場所までである。この間は殊勲・敢闘
と計2回しか受賞していない。そしてその年の十一月場所の敢闘賞
が最後の受賞となった。その後10年4場所務め、平成27年九月場所
前引退した。
豊ノ島 殊3敢3技4
豊ノ島は平成16年に入幕したが、2年2場所三賞に無縁だった。平
成19年一月場所で敢闘・技能をダブル受賞した。九月場所は殊勲賞
を獲得している。優勝白鵬から白星をあげた。
その後毎年三賞を受賞し、5年連続を記録した。なかでも平成22年
十一月場所は14勝1敗で優勝決定戦にコマを進めている。稀勢の里
に敗れ63連勝でストップした白鵬との優勝決定戦に敗れたものの、
敢闘・技能に輝いている。
平成23年三月場所の技能賞を最後に三賞から遠ざかった。4年5場
所を経て平成28年一月場所最後の三賞殊勲賞を獲得した。大関琴奨
菊に唯一の黒星を与えた。その後連続全休で幕下が多くなった。幕
内に復帰したことがあったが、最後は幕下で引退した。
日馬富士 殊4敢1技5
日馬富士は大関以降の四股名である。それ以前は安馬の四股名であ
った。幕内では25場所が安馬であり、そこで三賞10回を記録した。
この力士はアマではなくプロだった。
安馬は入幕したとき112キロ台だった。小兵であった。入幕3場所
目平成17年三月場所で技能賞を受賞した。平成18年は技能賞と敢闘
賞を獲得した平成19年は殊勲賞に2回輝いている。ともに優勝白鵬
から勝利している。
平成20年は6場所中5場所三賞という驚異の活躍であった。殊勲賞
2回技能賞3回受賞した。殊勲賞は優勝白鵬に唯一の黒橋を与えた。
もう1回は4大関を撃破した結果であった。最高の展開は十一月場
所白鵬との優勝決定戦である。敗れたものの大関に昇進した。こう
して安馬の三賞は終止符を打った。
嘉風 殊2敢4技4
嘉風は平成18年一月場所入幕したが、三賞を10回も取るとは思えな
かった。2度十両に落ち、初の三賞敢闘賞は新入幕から18場所目で
あった。2回目の敢闘賞は11場所目であった。その後3年半三賞に
は縁がなかった。
嘉風が三賞の常連になったのは平成26年からである。その年敢闘賞
を受賞すると翌年は敢闘・殊勲。技能2回受賞した。平成27年が三
賞のピークであった。平成28年1回、そして平成29年2回三賞受賞
が最後になった。令和元年九月場所引退した。
(この項目続く)