大相撲

鶴竜の相撲人生3

2021年4月11日

2012年、三役に定着した関脇鶴竜に新変化
が生まれた。一月場所、白鵬に初めて勝った
のである。これまで白鵬にはなんと20連敗
してきた。相手が横綱といえばそれまでだが、
一方的な成績であった。なお、この場所稀勢
の里が新大関として登場している。

<2012年1月 鶴竜、白鵬に初勝利1>

白鵬からの初勝利は10日目にやってきた。
筆者は突然相撲仲間に誘われ、2階で観戦
していた。またパートナーのI氏が正面マス
席から撮影していた。2つの角度からの写真
を掲載する。この場所鶴竜は10勝5敗で初め
ての殊勲賞を獲得した。

<2012年1月 鶴竜、白鵬に初勝利2>

2012年三月場所、関脇鶴竜は初日から連戦
連勝とこれまでにないスタートをきった。
8日目に大関稀勢の里に敗れたものの、翌
9日目の横綱白鵬戦では再び勝って1敗で
並んだ。白鵬はその後13日目に大関稀勢の里
に敗れ2敗となった。千秋楽を迎え1敗鶴竜、
2敗白鵬で、鶴竜初優勝の機運が高まった。

<2012年3月 鶴竜再び白鵬から勝利>

千秋楽、鶴竜は前頭6枚目11勝3敗の豪栄道
と対戦した。だが、この一番で鶴竜はなんと
負けてしまった。こうなると白鵬は負けない。
白鵬はここまで優勝21回、7連覇、63連勝を
成し遂げていた。絶対的強者であった。優勝
決定戦は白鵬が右四つになり、終始優勢で
鶴竜を圧倒した。22回目の優勝となった。
鶴竜は殊勲・技能のダブル受賞となった。
技能賞は7度目となった。

<2012年3月 優勝決定戦白鵬、鶴竜を撃破>

優勝同点の13勝2敗の成績で鶴竜は大関に
昇進した。琴欧洲、日馬富士、把瑠都、琴奨
菊、稀勢の里に続いての大関で、6大関と
なった。歴史的にも6大関は初であった。
だが、この6大関は長く続かなかいことに
なる。まず、日馬富士が連続全勝優勝で横綱
に昇進した。また、把瑠都が九月場所、十一
月場所連続負け越して大関の座を明け渡した。

2012年鶴竜は大関に昇進したが、大関4場所
の成績はもうひとつであった。37勝23敗。
横綱戦1勝(日馬富士から)4敗、大関戦
7勝9敗、関脇以下29勝10敗であった。鶴竜
は大関に昇進したとたん精彩を欠くように
なった。

<2013年3月 横綱日馬富士に勝利>

それは2013年も続いた。大関6場所の成績は
53勝37敗。1場所平均9勝以下であった。
横綱戦1勝(日馬富士から)11敗、大関戦
3勝11敗、関脇以下49勝15敗であった。この
年大関琴欧洲が大関から降格している。鶴竜
はここでも突然変異をおこすことになった。

(この項目続く)

土曜の夕方のせいか回転寿司がめちゃ混みでした。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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