行司(ぎょうじ)とは、土俵上で取組を裁き、力士の呼び上げから勝敗の判定までを担う相撲の審判役のこと。手にした軍配で東西の勝ち力士を指し示す。装束や軍配の房の色で階級が分かれ、その頂点が「木村庄之助」と「式守伊之助」の名を継ぐ立行司である。
取組が始まる前、力士の名を朗々と呼び上げ、立ち合いの呼吸を見極め、勝負がついた瞬間に軍配を返す。土俵の上でこの一連を担うのが行司だ。観客の視線は力士に集まるが、ひとつの取組を成立させているのは、その傍らで動き続ける行司の所作でもある。この記事では、行司の役割、階級と装束の見分け方、軍配と差し違え、そして頂点に立つ立行司までを、日本相撲協会の規定で確認できる範囲で整理する。
行司の役割:呼び上げから勝負の裁きまで
行司の仕事は、勝敗を告げることだけにとどまらない。取組に入る前、東西の力士を順に呼び上げる。仕切りの間合いを計り、制限時間を管理する。立ち合いが成立すれば取組を見守り、勝負がつけば軍配を勝った側へ返す。ひとつの取組を「始め、進め、収める」までを土俵上で一人で受け持つ。
この管理は、観客が思う以上に細かい所作に表れる。土俵下の運営に長く立ち会ってきた田口道宏は、仕切りの制限時間が来たかどうかは行司の足を見れば分かると記している。制限時間が来る前、行司は片足を前に出して構える。制限時間いっぱいになると、両足を開く。この足が開いたとき、力士は立ち上がる。呼び出しの動きを見逃しても、行司の下半身を見れば仕切りの段階が読めるという、観戦現場で確かめられた所作だ。
勝負がつくと、行司は迷わず軍配を片側に返さなければならない。引き分けや預かりが原則として認められない大相撲では、行司はその場で必ずどちらかに軍配を上げる。この「必ず判定を下す」という前提が、後述する差し違えという緊張を生む。
行司の階級と装束:色で読む格の序列
行司には力士と同じように番付がある。下位から順に上がっていく階級制で、装束(直垂・烏帽子)や履き物、軍配の房(菊綴じ)の色合いで格の違いが見分けられる。下位ほど色が地味で、上位になるほど格式の高い色が許される。下位の行司は素足だが、十両格以上で足袋が許され、三役格になると草履を履く。階級ごとの細部は時代によって運用が変わる部分もあるため、ここでは協会が定める序列の骨格を表で示す。
| 階級(上から) | 位置づけ | 足元の目安 |
|---|---|---|
| 立行司 | 行司の最高位。木村庄之助・式守伊之助の名を継ぐ | 草履 |
| 三役格行司 | 立行司に次ぐ上位。三役以上の取組を裁く | 草履 |
| 幕内格行司 | 幕内の取組を裁く | 足袋 |
| 十両格行司 | 十両の取組を裁く。足袋が許される | 足袋 |
| 幕下格以下 | 幕下・三段目・序二段・序ノ口を担当 | 素足 |
房の色は格の指標になるが、何色がどの階級に対応するかという細部は断定を避けたい。確かなのは、色そのものが「その行司がどの地位にあるか」を観客に示す記号として機能している点だ。土俵の上で誰が裁いているのか、装束と足元を見れば、その取組の格がおおよそ読めるようになっている。
軍配と差し違え:行司が下す判定の重み
行司が手にする軍配(軍配団扇)は、判定を可視化する道具だ。勝負がつくと、行司は勝った力士の側へ軍配を返す。ところが、土俵下の審判委員が行司の判定に疑問を持てば「物言い」がつく。審判委員が土俵に上がって協議し、結論によっては行司の軍配がくつがえる。行司が上げた側と逆の力士が勝ちとなれば、これが「差し違え」である。
判定をめぐる緊張は、歴史の節目にも刻まれている。大鵬が連勝記録を伸ばしていた一番で、行司は大鵬に軍配を上げたが物言いがつき、審判の協議の末に判定がくつがえった。この一番は、のちに勝負判定へビデオが導入される契機として語り継がれている。負けた力士本人が物言いをつけた珍しい例も記録に残る。昭和四十六年七月場所四日目、敗れた栃桜が審判委員に物言いをつけ、協議の結果、取り直しとなった。同年十一月場所五日目には大文字が物言いをつけたが、こちらは却下されている。
差し違えは、行司にとって最も避けたい結果だ。一瞬の見極めに、力士の星と自らの評価がかかる。だからこそ行司は、勝負がついた刹那に必ずどちらかへ軍配を返すという覚悟を、毎番求められている。
立行司という頂点:木村庄之助と式守伊之助
行司の階級を上り詰めた先にあるのが立行司だ。立行司は「木村庄之助」と「式守伊之助」という二つの名跡を襲名する。庄之助が最高位、伊之助がそれに次ぐ位置づけで、いずれも代々受け継がれてきた由緒ある名である。結びの一番をはじめ、その日の最も重い取組を裁くのが立行司の役目になる。
行司は、力士や年寄、呼び出しと同じく相撲協会に属する職能である。協会が月給制を確立した昭和三十二年の待遇改善でも、立行司・副立行司・三役格といった行司の各格は、力士や年寄と並んで月給の対象に組み込まれた。土俵を裁く者として、相撲の運営機構にしっかりと位置づけられている。庄之助・伊之助という名を継ぐことは、その職能の頂点に立つことを意味する。
よくある質問
行司と審判委員は何が違うのですか?
行司は土俵の上で取組を裁き、軍配で勝ち力士を示す役です。審判委員は土俵の下に控え、行司の判定に疑問があれば「物言い」をつけて協議します。協議の結果、行司の軍配がくつがえることもあります。土俵上で最初に判定を下すのが行司、それを検証するのが審判委員という関係です。
行司の最高位は何という名前ですか?
行司の最高位は立行司で、「木村庄之助」と「式守伊之助」という二つの名跡があります。木村庄之助が最高位、式守伊之助がそれに次ぐ位置づけです。いずれも代々襲名されてきた名で、その日の結びの一番など最も重い取組を裁きます。
行司が間違えるとどうなりますか?
行司が上げた軍配と逆の力士が勝ちと判定されることを「差し違え」といいます。物言いがついて審判委員が協議し、行司の判定がくつがえった場合に起こります。勝敗そのものは正しい側に確定するため、差し違えても結果が誤って残ることはありません。
行司の装束の色で何が分かりますか?
装束や軍配の房(菊綴じ)の色は、その行司の階級を示す記号です。下位ほど地味な色、上位ほど格式の高い色が許されます。足元も目安になり、下位の行司は素足、十両格以上で足袋、三役格以上で草履が許されます。装束と足元を見れば、その取組の格がおおよそ読めます。
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