相撲の取組前にくり返される塩まき・四股・力水・蹲踞などの所作は、土俵を清め、勝負への構えを整えるための作法とされる。神事として続いてきた相撲の名残が、いまも一つひとつの動きに残っている。
大相撲の中継を見ていると、力士はなかなか立ち合わない。塩をまき、足を高く上げ、口をすすぎ、また塩をまく。取組そのものより、この「前置き」のほうが長く感じることもある。
これらは時間つぶしではなく、一つひとつに役割がある。土俵を清める所作であり、呼吸を合わせる間でもある。ただ、由来をたどると諸説あるものも多く、「これが正解」と言い切れない部分も残る。ここでは広く知られている意味を中心に、塩まき・四股・力水と塵手水・蹲踞と仕切りの順で、確かなところだけを拾って整理する。観戦の前に知っておくと、土俵の上で起きていることがぐっと立体的に見えてくる。
塩をまく ― 土俵を清める
力士が土俵に上がる前、塩取りの籠から塩をつかみ、土俵に大きくまく。これは土俵を清めるための所作とされる。塩には穢れを払う力があるという考え方が古くからあり、神事の場で使われてきた。相撲の塩まきも、その流れをくむ清めの作法と説明される。
同時に、けがを防ぐ実用的な意味もあると言われる。土俵は土でできていて、転んだり擦れたりすれば傷を負う。塩には殺菌の働きがあるため、傷口の手当てを兼ねているという見方だ。清めと衛生、二つの理由が重なっている。
塩をまけるのは十両以上の取組から、というのも観戦の手がかりになる。まきかたにも個性が出る。ひとつかみをふわりと散らす力士もいれば、天井近くまで高々と放り上げて観客をわかせる力士もいる。所作は同じでも、人によって表情がまるで違う。
四股を踏む ― 大地を踏みしめる
足を高く上げ、地面を強く踏みおろす。これが四股だ。土俵の邪気を踏み鎮める所作とされ、相撲を象徴する動きとして広く知られている。大地を踏みしめることで地中の悪いものを払う、という考え方が伝えられてきた。
由来には諸説あり、邪気を払う神事の意味だけでなく、地固めや力士の鍛錬という実用面も指摘される。片足で立ち、もう片方を高く上げる動きは、股関節や体幹をきたえる。実際、稽古でも四股はくり返し踏まれる、基本の運動だ。本番で見せる四股は、その積み重ねの上にある。
力士の名前を「四股名(しこな)」と呼ぶが、これと四股の動作との直接のつながりははっきりしない。当て字として広まったとされ、混同しやすいので分けて覚えておきたい。
力水と塵手水 ― 身を清めて立つ
取組の直前、力士は柄杓(ひしゃく)で水を受け、口をすすぐ。これが力水(ちからみず)だ。神社で参拝の前に手や口を清めるのと同じように、口をすすいで身を清める作法とされる。清めの水であり、勝負に向かう前の区切りでもある。
力水をつけるのは、勝った力士か、次に控える力士だ。負けて土俵を下りた力士は水をつけない。だから誰が力水を回すかを見れば、土俵の流れが読める。続いて、口をぬぐった紙を「化粧紙」として渡す所作も挟まれる。
水で口をすすいだあと、力士は両手を打ち、手のひらを返してひらく。これが塵手水(ちりちょうず)だ。水のないところでも手水(ちょうず)を使ったことにする、という意味があるとされる。「私は武器を持っていません」という、正々堂々の意思を示す所作だという説明もある。短い動きだが、清めと礼の気持ちが込められている。
蹲踞と仕切り ― 呼吸を合わせる
塵手水を切ったあと、力士はかかとを上げて深くしゃがむ。背すじを伸ばし、ひざを開いたこの姿勢が蹲踞(そんきょ)だ。相手に敬意を示す、礼にかなった構えとされる。土俵に上がるときも下りるときも、力士はこの姿勢で向き合う。
そして仕切り。両者が腰を落とし、こぶしをつく構えに入る。すぐには立たず、何度も塩まきや仕切りをくり返す。これは互いの呼吸を合わせるための時間だ。相撲には号砲がなく、両者の「気」が合った瞬間に立ち合う。だから仕切りは、目には見えない間合いの探り合いになる。
仕切りに使える時間は決められていて、幕内では立ち合いまで最長4分とされる。制限いっぱいの仕切りを「仕切り直し」と呼び、ここで土俵の緊張が一気に高まる。長い前置きに見えた所作の一つひとつが、この立ち合いの一瞬に向かって積み上げられていく。
取組前の作法 早わかり一覧
| 作法 | 読み | 一般に語られる意味 |
|---|---|---|
| 塩まき | しおまき | 土俵を清める所作。衛生・けが防止の意味もあるとされる |
| 四股 | しこ | 大地を踏み、土俵の邪気を払うとされる所作。鍛錬も兼ねる |
| 力水 | ちからみず | 口をすすいで身を清める水。勝者か控えの力士がつける |
| 塵手水 | ちりちょうず | 手を打ち手のひらを返す所作。清めと正々堂々の意思表示とされる |
| 蹲踞 | そんきょ | 深くしゃがみ相手に敬意を示す構え |
| 仕切り | しきり | 立ち合い前に呼吸を合わせる時間 |
よくある質問
力士はなぜ塩をまくのですか
土俵を清めるための所作とされます。塩に穢れを払う力があるという古くからの考え方にもとづくものです。あわせて、塩の殺菌作用でけがの手当てを兼ねているという見方もあります。塩をまけるのは十両以上の取組からです。
四股を踏むのにはどんな意味がありますか
大地を踏みしめ、土俵の邪気を払う所作とされます。由来には諸説あり、地固めや力士の鍛錬という実用的な意味も指摘されます。稽古でもくり返し踏まれる、相撲の基本の動きです。
力水と塵手水は何が違うのですか
力水は柄杓の水で口をすすぐ所作で、身を清める意味があるとされます。塵手水はそのあと両手を打ち、手のひらを返してひらく所作です。水のない場でも手水を使ったことにする意味や、武器を持たない正々堂々の意思を示す意味があるとされます。
なぜすぐに立ち合わず仕切りをくり返すのですか
相撲には立ち合いの合図がなく、両者の呼吸が合った瞬間に立つためです。仕切りはその間合いを探る時間です。仕切りに使える時間は決められていて、幕内では最長4分とされます。
取組そのものをもっと知りたい方は、勝敗を決める技をまとめた相撲の決まり手とは|全82手を一覧でやさしく解説もあわせてどうぞ。本場所を生で見るなら大相撲 九州場所の観戦ガイドが席選びの参考になります。土俵際の駆け引きについては仕切り線の攻防でくわしく取り上げています。