大相撲

大関の総合力3

部門ごとの好成績者をピックアップしてみよ
う。まず、大関勝率8傑。

朝乃山  0.68
高安  0.665
把瑠都 0.658
琴風  0.658
豊國  0.656
清水川 0.649
霧島  0.647
貴ノ浪 0.645

6割4分以上は8人いる。ここにきて出場
停止の朝乃山が高安を抜いて1位についた。
晩年が含まれることはなく、7場所という
短い大関在位が効果的な結果をもたらした。
それにしても以下高安、把瑠都、琴風と続く
が、いずれも大関降格経験者であることは
皮肉である。勝率は休場を含まないため、
実際の印象とは異なる場合が出てくる側面は
ある。貴景勝は9位である。なお、大関勝率
5割以下は9人もいる。
ワースト1は汐ノ海である。

<朝乃山>

大関出場率ベスト10は以下である。

清水川 1
魁傑  1  
鏡岩  1
貴ノ浪 0.984
豊山  0.982
琴風  0.973
若嶋津 0.9607
栃光  0.9606
佐賀ノ花0.957
能代潟 0.954

大関の出場率では休場0が3人出た。清水川
は大関在位12場所、魁傑は9場所、鏡岩は
6場所である。魁傑は「休場は試合放棄」と
言い、当時負けが込むと休場する風潮があっ
た横綱・大関がいたなかで新鮮な響きをもっ
て受け入れられた。ここに登場した力士は
全休がないだけに数字があがった。なお、
ワーストは朝乃山の0.695である。

<清水川のブロマイド>

大関2ケタ勝利率11傑は以下となった。

豊國0.615
琴風0.591
清水川0.583
霧島0.563
把瑠都0.533
増位山父0.5
貴ノ浪0.486
豊山0.471
小錦0.462
常陸岩0.438
若嶋津0.429

大関の責任勝ち星は10勝である。9勝6敗の
大関はクンロク大関と揶揄されたものである。
15日制でない豊國・清水川・常陸岩の基準は
7勝4敗・8勝5敗以上としたため、やや
甘いが、時代の限界とみるしかない。増位山
父は大関在位4場所がもたらした数字である。
琴風の0.591は事実上のトップであり、すば
らしい。なお、大関在位中1度も2ケタ勝利
をあげられなかった力士が6人もいた。それ
が以下である。

雅山
松登
前の山
大受
五ツ嶋
栃ノ心

<琴風>

大関負け越し率、これは数字が小さいほうが
いい部門である。ベスト10は以下である。

琴風  0.091
琴光喜 0.118
貴ノ花 0.12
把瑠都 0.133
北天佑 0.136
朝潮  0.139
琴欧洲 0.170
清國  0.179
貴ノ浪 0.189
旭國  0.190

負け越しはカド番につながる。それだけに
避けたいところである。琴風、琴光喜、把瑠
都の負け越しは2度である。琴光喜は野球
賭博で解雇になったため、晩年がない。貴ノ
花は初めて大関在位50場所となったが、負け
越しは6度だった。なお、ワーストは五ツ嶋
で1であった。五ツ嶋は大関在位2場所で
2場所とも負け越しであった。

<貴ノ花>

大関の総合力を綴ってきたが、労作であった。
御嶽海はどんな大関になるか。どのくらいの
大関になるのか。注目していきたい。

(この項目終わり)

池袋へいきます。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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