大相撲

高砂の系統11

高田川(元前の山)は一門の意向を無視して
の理事立候補であった。境川理事長の年寄
名跡の改革私案反対の急先鋒としての意志
表明であり、それを問う立候補であった。
高砂一門は従来陣幕(元北の富士)と高砂
(元富士錦)の2名、理事を出していた。
しかし、今回は間垣(元2代目若乃花)が
立候補し、二所ノ関一門が3名の理事を決定
しそうな読みであった。そのため高砂一門は
票数から共倒れを恐れ、立候補を一本化する
ことになった。その結果高砂(元富士錦)の
理事立候補が決まった。

<前の山>

かくして立候補は以下の11名となった。
・高砂一門 
高砂(元富士錦)
・出羽海一門
境川(元佐田の山)北の湖
・二所ノ関一門
佐渡ヶ嶽(元琴櫻)二子山(元貴ノ花)
間垣(元2代目若乃花)
・時津風一門
時津風(元大関豊山)枝川(元北葉山)
・立浪・伊勢ヶ濱連合
木瀬(元清の盛)大島(元旭國)
・無所属
高田川(元前の山)

理事は定員10名だから、初の選挙となった。
高田川(元前の山)は基礎票2であったと
いう。平成10年1月31日の投票結果は次の
ようになった。

高砂(元富士錦) 13票
二子山(元貴ノ花)12票
北の湖        12票
境川(元佐田の山)11票
時津風(元豊山) 10票
佐渡ヶ嶽(元琴櫻)10票
間垣(元2若乃花)10票新理事
大島(元旭國)   10票新理事
木瀬(元清の盛)   10票
高田川(元前の山) 8票新理事
枝川(元北葉山)  6票落選

高田川(元前の山)が他の一門の票を集め、
当選したのだ。時津風一門の枝川(元北葉山)
が落選した。この結果は理事長の交代を生ん
だ。新理事長は理事の互選で決定するが、
時津風(元豊山)と北の湖が5対5であった。
若い北の湖がゆずったカタチで時津風元豊山)
新理事長が決定した。境川(元佐田の山)は
理事長を3期務め、退任した。

<豊山>

また、高砂一門の理事立候補からはずされた
陣幕(元北の富士)は自分を推さなかった
裏切りに嫌気がさしたのだろうか、しょせん
自分は外様と思ったのだろうか、突然退職
した。「なにも辞めなくても」と境川(元佐
田の山)は惜しんでいた。これをみたNHK
の行動は素早かった。北の富士を専属解説者
として獲得したのだ。北の富士55歳のときで
あった。

<北の富士>

高田川(元前の山)は高砂一門を破門された。
自分の師匠は高砂一門ではない。前田山だ。
そういう思いが高田川(元前の山)にはあった。
2年後の平成12年、再び高田川(元前の山)は
理事選挙に立候補した。このときも候補者は
11名となって投票になった。

二子山(元貴ノ花)13票
北の湖    11票
時津風(元豊山) 10票
境川(元佐田の山)10票
佐渡ヶ嶽(元琴櫻)10票
大島(元旭國)  10票
間垣(元2若乃花)10票
高田川(元前の山)9票
若藤(元和晃)   9票新理事
若松(元朝潮)   9票新理事
伊勢ノ海(元藤ノ川)8票落選

無所属の高田川(元前の山)は再選を果した。
またしても落選は時津風一門であった。高田
川(元前の山)は理事を2期務め、退任して
いる。

(この項目続く)

高砂の系統10で元富士錦が6代高砂に
なったことを加筆しました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。
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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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