大相撲

関脇以下の優勝力士キラー9

2018年8月25日

平成13年から平成25年までの優勝力士キラー
をみていこう。ただし、横綱・大関と対戦の
ない平幕優勝力士及び横綱・大関と部分対戦
の平幕優勝力士に勝った力士は、対象外と
させていただいた。
平成13-15A
平成16−18A
平成19−25A
この時期は朝青龍が一気に横綱にかけあがり、
長い間一人横綱を務めていた。その後白鵬が
台頭し、大関・横綱へとかけあがっていった。
遅れて日馬富士が出て大関・横綱へ昇進して
いった。関脇以下の優勝力士キラーとして
朝青龍が武蔵丸から1度、白鵬が朝青龍から
2度、安馬が白鵬からは3度勝利している。

関脇以下の優勝力士キラーとして回数を重ね
ていったのが、稀勢の里である。7度優勝
力士から勝利している。内訳は朝青龍・日馬
富士から各1度勝利している。日馬富士には
千秋楽勝って全勝優勝をストップしている。
平成23年七月場所のことであるが、これが
相撲史上に残る激しい攻防の連続で大熱戦と
なった。
はるまA
<H23年7月稀勢、日馬の全勝をストップ>

優勝白鵬からは関脇以下で実に5度勝利して
いる。そのなかには、白鵬の63連勝をストッ
プする歴史的瞬間もある。稀勢の里が白鵬の
連勝を63でストップしなければ、双葉山の
69連勝は破られていた。今、稀勢の里は厳し
い立場に立たされているが、こんな時代も
あったのである。
白鵬63A
<H22年11月稀勢、白鵬の連勝をストップ>

平成16年七月場所、大関栃東が2場所連続
負け越して関脇に陥落した場所である。この
場所で、なんと優勝朝青龍に勝ったのである。
平成12年一月場所以来のことであった。この
場所10勝5敗をあげ、翌場所大関に復帰した。
だが、元大関のせいか三賞は無縁であった。

06春 181
<栃東>

残暑が厳しい日が続くようです。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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