大相撲

この10年の優勝物語4

2016年2月25日

表彰なき優勝。こんなさびしい、むなしい優勝があった
だろうか。本来優勝は栄光に彩られ、各表彰・賞金・商
品とともにその名を永遠に歴史に刻む栄誉に包まれる
ものであるはずだ。渡されたのは優勝旗のみである。
実は、白鵬は35回優勝のうち2回経験している。という
より白鵬しか経験していない。
白鵬1A
<旗手徳瀬川 優勝白鵬>
 
最初は野球賭博事件を受けての平成22年七月場所であ
る。野球賭博は、暴力団の資金源になっているという社会
的問題になった。幕内で解雇1、謹慎6人、十両で4人出す
という崩壊状態になった。親方の解雇もあった(2月にテレ
ビ朝日系のしくじり先生に登場したが)。さすがにNHKも
放送を自粛し、短縮版の放送のみであった。
白鵬2A
<白鵬初の優勝旗のみの表彰>
 
白鵬は優勝インタビューで「この国の横綱として、力士の
代表として、天皇賜杯はいただけたらなとつくづく思う」と
つらい心情を吐露している。史上初のやりがい、充実感、
達成感なき優勝になってしまった。
白鵬1B
<インタビューに答える白鵬>
 
2回目は翌年の平成23年5月の技量審査場所である。
一月場所後、八百長の証拠が初めて出てきた。野球
賭博の捜査で携帯電話の消去したメールを復活させた
ところ、浮上したのである。三月場所は中止、調査の結果、
処分力士が大量に発生した。八百長は大相撲の存続を
あやうくする大問題だった。しかし、調査は限界があり、
誰もが納得する解決は難しかった。
白鵬3B
<またも優勝旗のみの表彰>
 
五月場所は技量審査場所として、無料開催することに
なった。力士のぼりはなく、大地震の被災地復興ののぼり
が数本立てられていた。国技館サービス会社はシャッタ
ーがおり、焼き鳥もなく、食堂もやっていない。ないない
づくしの国技館である。いや、そんなものより、相撲ファン
にとっては場所のポスターやパンフレットがないのがさび
しい。ただ、記録は正式なものとして扱われることになっ
た。しかし、NHK放送は全面ストップとなった。
白鵬3A
<撮影用で優勝パレードなし 旗手魁聖 優勝白鵬>
 
千秋楽、優勝白鵬がベテランの大関魁皇になんともしま
らない負け方で、幕切れとなった。白鵬は13勝2敗で朝
青龍と並ぶ7連覇を達成したが、最近の優勝では珍しく
レベルダウンした優勝だった。負けたからいうのではなく、
なんか魂ここにあらずの負け方だった。やはり表彰がなく、
モチベーションがあがらなかったのだろうか。

白鵬は表彰なき優勝を2度経験した。このことを永遠に
忘れないとともに、知らない世代に伝えたい。

 2月も下旬になり、改めていいテーマを書いていきます。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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