大相撲

稀勢の里の使命

2016年2月24日

初代若乃花、北の富士、貴ノ花、稀勢の里には、ある共
通点がある。それは大関昇進直前の成績が、15日制で
10勝であることだ。厳密には初代若乃花は10勝4敗1分
だが、大関昇進に十分な成績とはいえなかった。後に横
綱になった北の富士は8勝-10勝-10勝と今なら問題に
もならない成績で大関に昇進している。

160109初日前日 038
<稀勢の里>

稀勢の里は10勝-12勝のあとの場所、10勝4敗で千秋楽
を迎えた。ところが、千秋楽の結果以前に大関昇進が、決
定してしまったのである。千秋楽は大関琴奨菊に敗れ、結
局10勝5敗に終わり、その成績で大関に昇進した。当時
甘い昇進といわれた。琴奨菊が11勝-10勝-11勝で大
関を見送られていたからだ。最も大関昇進は数字だけで
なく、相撲内容が問われるべきではあるが。

初代若乃花は不十分な成績で大関に昇進したのをよしと
しなかった。今まで以上の猛稽古で、大関にふさわしい
内容・成績をあげ、大関10場所で横綱に昇進した。

若
<初代若乃花のブロマイド>

北の富士の大関昇進はラッキーな側面がある。大関が豊
山1人で、下り坂であった。元千代の山の九重が、やむに
やまれず出羽海部屋から破門独立した。北の富士はそん
な過酷な運命でも、九重についていった。そしてその直後
の場所で、なんと初優勝してしまった。まさにこれ以上ない
劇的な優勝であった。

北
<北の富士>

圧倒的な人気の貴ノ花は、大関になって苦しんだ。1ケ
タ勝利が多く、優勝は遠かった。貴ノ花が優勝するとす
れば、全勝や14勝ではなく、13勝の争いのときだ、とい
う見方があった。そして大関15場所目、日本中が熱狂す
る中、優勝決定戦で横綱北の湖を寄り切り、初優勝を達
成した。

貴ノ花
<貴ノ花>

日本出身の日本人で優勝するとしたら、稀勢の里という
見方が有力だった。3度13勝をあげた実績がある。しか
し、現実は琴奨菊に先んじられた。朝青龍は、琴光喜が
初優勝するのを見て、自分もできると思ったという。稀勢
の里は、いつまでも堅くなる、期待できないという一面を
もち続けている場合ではない。猛稽古で余計なことを
考えず、先人にならい優勝することこそ使命である。

 2月も下旬になり、改めていいテーマを書いていきます。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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