数字は場所数
横綱 横綱在位 7勝以下 8勝 9勝
朝青龍 42 7 0 1
白鵬 84 17 0 0
日馬富士 31 6 0 3
鶴竜 41 19 0 2
稀勢の里 12 10 0 0
照ノ富士 21 13 0 0
朝青龍は強い横綱だった。7勝以下には便宜上2場所出場停止が含
まれている。出場停止はいかにしておきたか。朝青龍は2007年七月
場所で優勝したが、左ひじと腰を疲労骨折した。そのため夏巡業を
休業した。

その間母国モンゴルでサッカーをしてヘディングまでやっていた。
れこが日本のテレビで放送され問題になった。巡業は疑惑の休みと
映った。その結果、2場所出場停止かつ謹慎処分となった。本当の
全休は横綱時代1場所しかなかった。
白鵬の横綱在位は84場所と最長記録である。白鵬には横綱フル出場
連続48場所という記録もある。全休は10場所だが、そのうち2場所
はコロナ部屋ごと休場であるから実質8場所である。8勝、9勝は
1度もない。横綱連続優勝なしは6場所である。最後の優勝前のこ
とである、

日馬富士は15日制で初めて大関で連続全勝優勝した。新横綱で9勝、
翌場所全勝優勝、翌場所9勝で終わっている。横綱で9勝は3場所
に及んだ。全休は2場所である。通算6回目の優勝から11場所連続
横綱優勝なしを記録した。
鶴竜の特徴は横綱初優勝まで時間がかかったことと晩年、休場が多
かったことである。横綱初優勝は9場所目であった。新横綱の場所
は9勝であった。横綱初優勝後も9勝している。全休は7場所に及
んだ。最期の優勝から引退まで11場所連続優勝なしを記録した。

稀勢の里は新横綱の場所、日馬富士戦で致命的な負傷をした。これ
が絶えずついてまわって満足な土俵が務められなかった。横綱在位
12場所と短命に終わった。横綱フル出場はわずか2場所だった。全
休は4場所である。新横綱で負傷をおして優勝したが、その後11場
所連続優勝なしのまま引退した。
照ノ富士は晩年優勝と休場を繰り返した。横綱8勝、9勝はない。
横綱在位21場所でフル出場は8場所だった。そのうち6場所が優勝
だった。全休は7場所を記録した。横綱連続優勝なしは4場所だっ
た。
(この項目終わり)