無気力相撲とは、気力や敢闘精神を欠いた相撲を指す言葉である。2011年に八百長問題が発覚した際、相撲協会が「八百長」と言わず「故意による無気力相撲」と表現したことでも知られる。協会には無気力な相撲を監視する監察委員という役職があり、1972年(昭和47年)には大関同士の一番が問題視され、両師匠が厳重注意を受けた事例もあった。
※本記事は1972年三月場所の前の山対琴桜戦を、当時の報知新聞の記事をもとにたどったものである。協会はこの一番を八百長とは認定していない。
無気力相撲とは
無気力相撲というと、気力のない相撲、敢闘精神のない相撲を意味すると考えるのが通常である。しかし、八百長が発覚した2011年には、協会が「八百長」とは言わず、「故意による無気力相撲」と表現したこともあった。つまりこの言葉は、ただ覇気のない相撲だけでなく、不正が疑われる相撲を協会が問題にする際にも使われてきた経緯がある。
無気力相撲を監視する「監察委員」
現在も続いている制度に監察委員がある。相撲記者の杉山桂四郎氏は「八百長Gメン」と表現していたが、その誕生は半世紀以上前にさかのぼる。当時の報知新聞は、監察委員をこう説明している。
監察委員…八百長相撲、工作相撲、無気力相撲などの言葉で、無気力な相撲を指弾する世論にこたえて相撲協会が昨年(筆者注:1971〔昭和46〕年)十二月に設けた土俵の”目付け役”。(後略)
1972(昭和47)年3月25日付 報知新聞より
1972年三月場所・前の山対琴桜戦
1972年(昭和47年)三月場所の十二日目、監察委員によって高砂(元朝潮)・佐渡ヶ嶽(元琴錦)の両師匠が厳重注意を受けた一番がある。大関同士の前の山対琴桜戦である。前の山はこの場所カド番で、十一日目まで5勝6敗とピンチだった。一方の琴桜は7勝4敗と勝ち越しに王手をかけていた。当時はほかに清国・大麒麟と四人の大関がいたが、優勝争いどころか一ケタ勝利が多く、「大関互助会」という言葉もとびかっていた。
問題の一番は、ぶちかましを得意とする琴桜がふわっと立った。前の山はおざなりの突っ張りから双差しになり、寄り立てて下手投げで勝った。琴桜はほとんど無抵抗で転がった。この相撲に、監察委員が動かざるをえなかった。
当時の監察委員は、委員長の花籠(元大ノ海)以下、三保ヶ関(元増位山)・高島(元三根山)・大山(元松登)・片男波(元玉乃海)・鏡山(元柏戸)という顔ぶれだった。彼らがくだした結論は「相撲内容は悪くないが、立ち合いは2人とも気力が無かった」という不可解なものだった。立ち合いがすべてと日ごろ語っていた発言とは、明らかに相反していた。
ファンからは「無気力相撲ではないか」という電話が寄せられ、識者も相撲内容を無気力相撲と判定して少しもおかしくないとコメントした。だが協会は、無気力相撲と認めたくないために「立ち合いは無気力だが、内容はそうでない」という形をとった。結果、除名・引退勧告・出場停止・減俸・けん責といった罰則規定を適用しないという、奇怪な判決になった。なお勝った前の山は翌日から休場し、大関から転落が決まった。これは監察委員の勧告ではなく師匠・高砂(元朝潮)の権限によるもので、前の山はどこも負傷していなかった。

この一番は、相撲における「無気力相撲」とは何かを考えるうえで、象徴的な事例として記憶されている。監察委員という制度がありながら、なぜ明確な判定が下されなかったのか。半世紀を経た今も、考えておくべき問題を残している。
無気力相撲についてよくある質問
無気力相撲とは何ですか?
気力や敢闘精神を欠いた相撲を指す言葉です。覇気のない相撲全般を指すほか、不正が疑われる相撲を協会が問題にする際にも使われてきました。
無気力相撲と八百長はどう違うのですか?
八百長は勝敗をあらかじめ示し合わせる不正行為を指すのに対し、無気力相撲は気力や敢闘精神を欠いた相撲を広く指す言葉です。2011年の八百長問題では、協会が「故意による無気力相撲」という表現を用いたこともありました。
監察委員とは何をする役職ですか?
無気力な相撲を監視するために、1971年(昭和46年)十二月に相撲協会が設けた役職です。世論にこたえて作られた土俵の「目付け役」で、相撲記者から「八百長Gメン」と呼ばれたこともあります。
1972年の前の山対琴桜戦はどうなったのですか?
監察委員が両師匠に厳重注意を出しましたが、「立ち合いは気力が無かったが内容は悪くない」として、協会は罰則を適用しませんでした。勝った前の山は翌日から休場し、大関から転落しています。
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