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横綱の年寄率5

双羽黒は優勝経験がない横綱として記憶されている。
双羽黒はそれほど普及していないときに、パソコン
を扱うことから「新人類」と呼ばれた。横綱7場所
後の昭和62年10月、付け人などが集団脱走したので
ある。尋常なことではなかった。さらに驚かされた
のは師匠との確執で相撲界を去っている点だ。前代
未聞のことであった。その後スポーツ冒険家やプロ
レスに転身したりした。

<双羽黒>

元北勝海の八角(2028年6月21日定年)
元大乃国の芝田山(2027年10月8日定年)
元旭富士の伊勢ヶ濱(2025年7月5日定年)
以上は定年まで年寄を務めそうである。ただ、元相
撲取りは元気そうに見えて、ある日知突然がありえ
る。

曙は年寄曙からk-1、総合格闘家、プロレスへの
人生だった。7年前から闘病生活となり、先日54歳
で亡くなられた。

貴乃花は引退後一代年寄としてニ子山(元大関貴ノ
花)部屋の部屋付親方として部屋を支えていた。引
退の翌年、部屋を継承し貴乃花部屋となる。部屋を
引き継ぎ約6年。貴乃花親方はニ所一門の意向に反
して理事選に立候補した。当選は難しく思われたが、
他の一門票がはいり当選した。

<貴乃花親方>

しかし、ある事件をきっかけに貴乃花の立場が変わ
る。それは弟子貴ノ岩への暴行事件である。巡業中
におきた日馬富士によるものであった。貴乃花親方
は協会の聴取にかたくなな態度を取り続けた。

それが自分の弟子が暴力事件をおこすに至ってブー
メランのように跳ね返った。理事の座を失い、理事
候補選挙に負けを承知で出馬した。無断で、テレビ
で日馬富士暴行事件の異論反論を展開したことも心
象を悪くしていた。貴乃花親方は内閣府への告発状
を取り下げた。大阪府立体育館に無断欠席するにい
たっては、つまらないことでつけ込まれることなっ
た。平成30年3月のことであった。

<日刊スポール記事>

平成30年10月、貴乃花親方は突然協会を離職した。
約15年9カ月の親方人生だった。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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