大相撲

平成・令和外国出身力士の優勝率

外国人力士といえば高見山しかいなかった時期があ
った。その後ハワイが一代勢力になっていった。さ
らにモンゴが次から次へと続いた。ヨーロッパから
も来た。高見山は関脇だったが、大関、横綱になる
につれ、優勝がついてまわるようになった。平成・
令和の外国出身力士の優勝率はどのように変わった
のか、調査してみた。

<高見山>

■平成元年から10年まで
この時期はハワイ勢のときである。優勝は、小錦が
3回、曙が9回達成している。武蔵丸は11勝幕幕内
最高成績があるが、これは優勝に値しない。単なる
1位である。15日制になって11勝はこれまで数多く
存在している。武蔵丸の優勝は実質2回とした。こ
の時期の外国出身力士の優勝率は23.7%である。

<曙>

■平成11年から20年まで
優勝は曙2回、武蔵丸9回となった。ここでモンゴ
ルから留学していた朝青龍が頭角を現した。優勝22
回と独走した。このあと白鵬が出現し、9回優勝し
ている。大関で優勝がなかった琴欧洲が、朝青龍・
白鵬の間隙をついて優勝した。この時期の外国出身
力士の優勝率は71.7%にまでなった。

<朝青龍>

■平成21年から31年まで
平成18年三月場所から引き続いた外国出身力士の優
勝。それは最終的に58場所続いた。日本人力士は対
抗できなくなっていった時期である。優勝は、朝青
龍3回。白鵬33回、日馬富士が9-1回、鶴竜5回
である。さらに照ノ富士・把瑠都・旭天鵬、栃ノ心、
玉鷲が1回である。日馬富士の-1は11勝が幕内最
高成績だったものである。外国出身力士の優勝率は
なんと90%に達した。

<白鵬>

■令和
令和はまだ27場所である。それでも外国出身力士は
まだまだ目に入る。優勝は、照ノ富士が8回、白鵬
が3回、霧島が2回である。ほかに鶴竜・玉鷲・逸
ノ城・豊昇龍が1回である。外国出身力士の優勝率
は63%とやや落ち着いてきている。

<照ノ富士>

外国出身横綱は曙・武蔵丸・朝青龍・白鵬・日馬富
士・鶴竜・照ノ富士と7人も誕生した。朝青龍・白
鵬は大横綱である。これから日本は少子化・人口減
少へと向かう。相撲は国技から国際技になった。こ
の流れに大きな変化はくるのだろうか。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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