大相撲

大横綱双葉山の幕内対戦成績2

引き続き双葉山の対戦成績をみていこう。

<双葉山のブロマイド>

鏡岩戦10勝1敗
双葉山と猛牛鏡岩は同日大関に昇進した。このとき
鏡岩は34歳であった。69連勝以前は3勝1敗。69連勝
中は5勝。69連勝以後は2勝であった。双葉山には
歯がたたなかった。唯一の1勝は69連勝が始まった
場所の前場所、昭和10年夏場所である。双葉山は前頭
筆頭で4勝7敗と負け越している。鏡岩の引退によっ
てこの対戦は終止符をうった。

<鏡岩のブロマイド>

双葉山が双葉山相撲道場で独立したとき、元鏡岩の
粂川は自分の弟子を双葉山にさしだし、託している。
双葉山と鏡岩は盟友であった。鏡里と不動岩は粂川
の直弟子だった。

清水川戦5勝4敗
清水川は昭和最強の大関、昭和唯一の名大関といわ
れた。清水川との初対戦は昭和7年夏場所だった。
清水川は新大関、双葉山は入幕3場所目であった。
当然清水川が勝っている。69連勝以前は2勝4敗で
あった。初勝利は新小結のときで清水川に下手投げに
いくとみせかけ、お株を奪う上手投げで勝って大物
の片鱗をみせた。69連勝中清水川は晩年であり、双葉
山の3勝で終わっている。双葉山の69連勝中に引退
した。

<清水川のブロマイド>

五ツ島戦5勝2敗
御嶽海が大関4場所で降格したが、五ツ島は2場所で
降格している。しかも降格した場所で引退している。
双葉山の69連勝中は3勝であった。69連勝以後○●
●○である。最初の敗戦は双葉山が14勝1敗のとき
だから唯一の土をつけたことになる。次の敗戦で双葉
山が休場に追い込まれている。「信念の歯車がくる
った」という有名な言葉を残している。五ツ島が大関
に昇進する直前のことであった。

<五ツ島のブロマイド>

増位山戦5勝2敗
増位山が双葉山と対戦した時期は双葉山の円熟期から
晩年である。2敗のなかには不戦敗が含まれている。
双葉山は対戦相手が信頼してぶつかれる横綱であっ
た。増位山はあたって土俵際まで追い込むが、そこ
までであった。双葉山に勝ったのは、12回目の優勝
の翌場所であった。昭和19年は戦局はどうにもなら
ないところまできていた。食糧不足と勤労動員は相撲
界も例外ではなかった。19年春場所、双葉山は11勝
4敗と15日制では最低の成績に終わった。そのなか
に増位山からの敗戦もあった。衰えは隠せなくなっ
てきた時期であった。

<増位山のブロマイド>

能代潟戦3勝2敗
双葉山が能代潟と対戦したのは大関から大関降格の
時期である。能代潟の実力がダウンしていったとき
である。双葉山は初対戦で大関能代潟に勝っている。
能代潟は3勝7敗1分で負け越している。あとは関脇
以下の能代潟戦であった。いずれも双葉山の69連勝
以前であった。

(この項目続く)

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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