大相撲

四股名あれこれ ~花 中

引き続き~花の幕内力士をみていこう。なお、明治に
象ヶ鼻という珍名力士がいるが、ここでは~花という
ことで除外した。

2代目出羽ノ花
昭和29年初場所入幕。最高位前頭15枚目。幕内在位は
11場所で終わっている。

小城ノ花父
昭和32年十一月場所入幕。最高位関脇。~花では出羽
海部屋5人目の力士。現出羽海の小城ノ花と中立の
小城錦は息子である。

金乃花
昭和33年三月場所入幕。最高位小結。~花では出羽海
部屋6人目の力士。優勝した横綱大鵬に勝ったことが
ある。昭和24年から出羽海が元常ノ花に変わった。
そのあたりも影響しているかもしれない。

<金乃花のブロマイド>

羽黒花
昭和35年九月場所入幕。最高位関脇。四股名からわか
るとおり立浪(元横綱羽黒山)部屋所属。一時羽黒川
に改名したことがあってがっかりした覚えがある。
だが、最終的に羽黒花に戻している。

<羽黒花のブロマイド>

宮ノ花
昭和37年九月場所入幕。最高位前頭12枚目。二所ノ関
(元佐賀の花)部屋。幕内はわずか1場所で終わって
いる。

義ノ花
昭和39年11月場所入幕。最高位前頭筆頭。出羽海(元
初代出羽ノ花)部屋所属。昭和46年1度だけ敢闘賞を
受賞している。このとき小結貴ノ花を圧倒した相撲が
決め手になった。

福の花
昭和40年九月場所入幕。最高位関脇。出羽海(元初代
出羽ノ花)部屋所属。闘志あふれる相撲で敢闘賞を
7回受賞している。張り手は強烈でフックの花と呼ば
れた。昭和45年一月場所、横綱目指す北の富士を張り
倒している。

<福の花のブロマイド>

北の花
昭和43年五月場所入幕。最高位前頭6枚目。出羽海
(元佐田の山)部屋所属。幕内在位4場所で終わっ
た。

貴ノ花
昭和43年十一月場所入幕。最高位大関。二子山(元
初代若乃花)所属。ご存知初代若乃花の弟。といって
も22歳の年齢差がある。二子山は別の弟で失敗した
経験から最初は入門に反対した。貴ノ花は水泳で中学
記録をもっていたため、そちらを生かす道もあった。
しかし、貴ノ花の意志が堅く、入門となった。なお、
「水泳では飯は食えない」と言ったのは伝説のようで
ある。

<貴ノ花>

17場所連続勝ち越しは当時の新記録であった。新十両
18歳昇進、新入幕18歳8カ歳は当時の史上最年少記録
だった。体は小さかったが、足腰がよく、しぶとい
相撲だった。角界のプリンスと呼ばれた。横綱大鵬・
北の富士に勝つことはできたが、ついに横綱玉の海
には1度も勝てなかった。

大関に昇進してから成績が頭打ちになり、横綱になっ
た輪島との差はついていった。なかなか優勝ができ
なかった貴ノ花が大関15場所目で初優勝した。その
ときが最高の輝きと見せ場となった。

引退後は藤島部屋を興し、実子の貴乃花・若乃花の
2横綱を育てた。病気のため、22歳上の兄より先に
55歳で永眠した。

(この項目続く)

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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