大相撲

勝てなくなった炎鵬

2022年2月26日

炎鵬が十両に落ちて久しい。2020年一月場所
からになるので1年と1場所になる。十両で
活躍しているかというとそうでもない。十両
落ちしての成績は32勝43敗30休である。休場
は新型コロナウイルスによる部屋ごと休場に
よるものである。十両落ち7場所のうち勝ち
越しは2場所であり、番付を下げている。

<2022年1月 矢後戦>

落ちたら落ちたところの相撲しか取れない
というが、炎鵬は十両でも勝てなくなって
いった。このままではいつ幕下に落ちても
おかしくない流れである。炎鵬はなぜ勝て
なくなってしまったのか。

炎鵬は100キロくらいの軽量力士である。対戦
相手は150キロ以上の重量級が多い。おまけに
相手はもぐらせず、落ち着いて圧倒する相撲が
多い。こういう相撲を取られると体力負けを
きっする。炎鵬が勝つときはやはり相手を正面
におかないケースが多い。

<2020年1月 大関朝乃山戦>

幕内で活躍していたときは相撲がはつらつと
していた。苦戦することはあっても、ひ弱な
感じは少なかった。大関朝乃山・豪栄道を倒し
たことがあった。阿炎を力強く土俵の外に運び
出したこともあった。そうした相撲は遠くなっ
てしまった。

<2020年1月 阿炎戦>

今の相撲は、わりとまともにいくケースが目立
つ。そして体力負けをする。その繰り返しが
多い。負けるにしても工夫が必要である。本来
小兵の炎鵬は何をやってもいいのである。

炎鵬はまだ27歳である。晩年ではない。なに
より勝ってやろうという意気込みが薄くなった。
このまま終わってはあまりにも寂しすぎる。
見たいのは復活した炎鵬である。

<炎鵬>

温かい日です。             。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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