大相撲

大相撲事始

夏が異常に暑くなって久しい。35度以上、
40度は珍しくなくなってきている。海外では
山火事が頻発している。夏の大相撲といえば
七月場所である。愛知県体育館は冷房の届か
ない客席がけっこうある。廊下に出るとむっ
とする。ところが大相撲の殿堂国技館が冷暖
房のない期間が結構長かったのをご存知だ
ろうか。

<蔵前国技館絵ハガキ>

蔵前国技館が完成したのは昭和29年である。
ところが夏は暖房、冬は冷房といわれてきた。
時津風(元双葉山)理事長は寒い冬の時期に
「熱戦で暖まってくれ」と語っていた。もは
や戦後ではない、といわれたのが昭和31年で
ある。それからはるか時を経て、昭和45年
5月の本格的改修工事のときに冷暖房設備に
着手し、年内に完成した。クーラーが一般
家庭に普及し始めるのは昭和41年である。

現在の優勝表彰式は賜杯、優勝旗そして内閣
総理大臣杯へと続く。それから優勝力士イン
タビューとなる。この内閣総理大臣杯は昭和
43年一月場所からである。ただ、杯の製作が
遅れたため、三月場所からであった。結構
ビッグサイズである。そのとき内閣総理大臣
は佐藤栄作氏であった。

<内閣総理大臣杯を受ける貴景勝>

昭和43年は相撲協会の改革機構の年でもあっ
た。取締を廃止し、取締・理事15人を理事
10人とする。立候補による選挙で選出する
ことになった。現在の理事10人体制はこの
ときから始まった。それまでは以下だった。
●は次の理事選に立候補せず。

理事長 時津風(元双葉山)
取締  立浪(元羽黒山)
取締  高砂(元前田山)
取締  武蔵川(元出羽ノ花)
取締  二所ノ関(元佐賀ノ花)
理事  楯山(元幡瀬川)●
理事  秀の山(元笠置山)●
理事  伊勢ヶ濱(元照國)
理事  花籠(元大ノ海)
理事  白玉(元大八洲)●
理事  東関(元天城山)●
理事  若松(元鯱ノ里)●
理事  立田川(元鏡里)
理事  春日野(元栃錦)
理事  錦島(元木村今朝三)●

<元双葉山の時津風>

これが昭和43年2月の無投票選挙で下記と
なった。

理事長 時津風(元双葉山)
理事  立浪(元羽黒山)
理事  高砂(元前田山)
理事  武蔵川(元出羽ノ花)
理事  二所ノ関(元佐賀ノ花)
理事  伊勢ヶ濱(元照國)
理事  花籠(元大ノ海)
理事  立田川(元鏡里)
理事  春日野(元栃錦)
理事  宮城野(元吉葉山)

また、監事3人が設定された。昭和43年2月
の選挙で4人が立候補したが、次の3人が
当選した。若松(元鯱ノ里)が14票で落選
した。

監事  秀の山(元笠置山)32票
監事  伊勢ノ海(元柏戸)30票
監事  白玉(元大八洲)28票

現在は副理事の名称に変わっている。また
選挙で選ばれる検査役が審判委員に改称し、
選挙なしとなった。こうした改革は時津風
(元双葉山)理事長の手腕だった。かつて
部屋別総あたり、幕内・十両の枚数削減に
着手している。だが時津風理事長は昭和43年
12月に帰らぬ人となった。まだ56歳だった。

暑さが戻ってきました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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