大相撲

照ノ富士の優勝争い3

平成29年三月場所、大関照ノ富士は新横綱
稀勢の里との優勝決定戦後、優勝争いから
遠ざかっていった。平成29年五月場所は12勝
3敗だったが、白鵬が15戦全勝優勝している
ので優勝争いまでいかなかった。そして照ノ
富士の転落が始まった。番付は序二段まで
落ち、そこから再び上を目指しての戦いが
続いた。

照ノ富士が幕内に復帰したのは令和2年七月
場所であった。稀勢の里と優勝を争ってから
3年2場所が過ぎていた。ただ、この場所で
照ノ富士が優勝を争うことになるとは夢にも
思わなかった。この場所照ノ富士・朝乃山は
中盤まで1敗。白鵬は全勝だったが、翌日
から連敗すると休場してしまった。13日目、
朝乃山と照ノ富士の対戦は大きな山となった。

<令和2年7月 朝乃山に快勝>

ともに右の相四つだが、四つ身の形は照ノ
富士が上だった。予想に反して照ノ富士が
かいなを返して朝乃山を寄り切ってしまった。
千秋楽を迎え、2敗照ノ富士、3敗朝乃山・
正代・御嶽海となった。千秋楽の取組は照ノ
富士対御嶽海、朝乃山対正代となった。勝負
は照ノ富士が御嶽海を一騎に寄り切って2回
目の優勝を決めた。

<令和2年11月 本割で貴景勝に圧勝>

照ノ富士が相当力をつけたと感じたのは2場
所後の十一月場所であった。2横綱2大関が
休場という上位手薄のなかで、千秋楽は1敗
貴景勝と直接対決となった。本割は2敗照ノ
富士が果敢に攻め、 優勝決定戦となった。だが、
決定戦では貴景勝の押しに敗退した。3回目
の優勝決定戦の敗北であった。

<令和2年11月決定戦で完敗>

令和3年三月場所は単独3敗のまま千秋楽を
迎え、そのまま勝って3回目の優勝を成し
遂げた。この場所、もうひとつ優勝争いは
盛り上がらなかった。翌五月場所、照ノ富士
は強さを増していた。だが思わぬ落とし穴が
あった。

妙義龍戦は髷をつかむ反則負け。さらに遠藤
には紙一重の負けで千秋楽を迎えた。相手は
3敗の大関貴景勝であった。あれほど強さを
誇った照ノ富士が貴景勝にあっさり負け、
12勝3敗で優勝決定戦となった。優勝決定戦、
照ノ富士は見事リベンジを果たし、4回目の
優勝となった。優勝決定戦初勝利であった。

<令和3年5月決定戦初勝利>

七月場所、白鵬と照ノ富士が千秋楽全勝決戦
をしたことは記憶に新しいので、割愛させて
いただいて結びにしたい。

(この項目終わり)

朝早くおきにくくなりました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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