三月場所13日目、三段目の取組で土俵に頭
から突っ込んで強打し、動けなくなっていた
響龍が急性呼吸不全で死去した。28歳だった。
突然の訃報であった。響龍の一番は間近で
見ていて、動けなくなって大変心配していた。
ただ、呼吸はしているようだった。うつぶせ
で動けなくなった響龍を呼び出しが仰向けに
したが、下手に動かせる状態ではなかった。
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協会関係者が土俵に集まるが、どうしようも
ない。この状態がしばらく続いた。ようやく
医師と看護士がかけつけた。医師は響龍を
診察しだしたが、看護師は女性だからなのか、
土俵に上がらず控えていた。相撲界の悪しき
慣習がここに出た。担架が運ばれ、響龍を
そっとのせ、大勢の協会員によって静かに
運ばれた。
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相撲を取った経験がある方ならおわかりに
なると思うが、額から鋭い角度で土俵につっ
こむと前髪が切れることがある。また、俵の
あるところに倒れることは想像以上に痛い。
一月場所は脳震盪でふらふらになったケース
があったばかりである。相撲という競技は
思いがけない危険がつきまとう。
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響龍が救急車で搬送されたと聞いていたが、
ずっと闘病生活をしていたとは気がつかなか
った。寝たきりであったと伝えられている。
重量級大相撲はケガのリスクがどうしても
高まる。元琴錦の朝日山親方は力士の理想的
体形として松鳳山をあげていた。松鳳山は
132キロである。幕下以下では最初から太っ
た力士がいるが、寄るか押すしかなく、残さ
れると苦しい相撲になる。
今後緊急対応講習をおこなうという。また
医師を土俵近くに待機させとくことが検討
されている。響龍は2011年技量審査場所が
初土俵である。照ノ富士、明生と同期である。
無事に天国に辿り着けただろうか。
歯医者にいきます。
興味深いテーマをこれからもお届けします。