大相撲

照ノ富士2015年の栄光1

十一月場所では13勝2敗の優勝同点で場所を
盛りあげた照ノ富士。照ノ富士の活躍がなけ
れば寂しい場所になりかねなかった。照ノ
富士は大関復帰を目指している。そのため
にも十一月場所は貴重な基点となった。序二
段からはいあがってきただけに応援したく
なる照ノ富士の相撲人生である。照ノ富士は
今でこそケガや病気と闘う姿が印象的だが、
ぐんぐん強くなっていった時代は別人であっ
た。照ノ富士2015年の栄光をあらためて振り
返ってみよう。

照ノ富士が入門したのは元2代目若乃花の
間垣部屋であった。四股名は若三勝であった。
2011年技量審査場所で新序出世披露している。
師匠の間垣が脳出血の後遺症で指導、部屋
経営がままならず、2013年3月部屋を閉鎖
することになった。通常ならば弟子は二所
一門の部屋に移籍するところだが、間垣が
頼ったのは同郷青森出身の伊勢ヶ濱(元旭
富士)であった。2013年九月場所、若三勝は
十両昇進とともに照ノ富士に改名した。

<新所出世披露>

照ノ富士の快進撃が始まった。十両3場所で
通過。新入幕4場所目で幕内上位に番付を
上げてきた。幕内上位3場所目には敢闘賞を
受賞している。その翌場所関脇に昇進した。
入幕から6場所を要しての関脇だった。関脇
で迎えた2015年三月場所、照ノ富士は23歳で
あった。横綱は白鵬、日馬富士(同部屋で
対戦なし)、鶴竜(この場所初日不戦敗14休)、
大関は稀勢の里、琴奨菊、豪栄道であった。
白鵬は一月場所で33回優勝して大鵬越えを
達成していた。

この場所照ノ富士は初日から7連勝と走った。
8日目稀勢の里に敗れたが、10日目琴奨菊と
対戦した。琴奨菊の最大の攻めは真っ向から
あたって一気の寄りである。照ノ富士に対
してみせた琴奨菊の攻めは快心のものであっ
た。だが、照ノ富士は土俵際こらえる。琴奨
菊が寄り立てても照ノ富士はくずれない。
照ノ富士が逆襲に出ると琴奨菊はなすすべが
なかった。

<琴奨菊戦>

琴奨菊が100%の力をぶつけても照ノ富士に
通じなかった。これは少なくとも琴奨菊と
照ノ富士力が逆転したことを意味した。これ
まで照ノ富士は何度か琴奨菊に勝っているが、
この日みせた照ノ富士の力は計り知れない
ものだった。

全勝白鵬と2敗照ノ富士戦は以外にも13日目
に組まれた。13日目は通常大関戦であるが、
関脇をもってきた。一月場所白鵬に善戦した
が、及ばなかった。この一番で照ノ富士は
予想を超える長足の進歩をみせた。この日
まで日ごとに安定感を増してきた白鵬に対し、
突き合い、押し合いから照ノ富士右四つに
なるや白鵬に上手を与えない絶好の体勢に
なった。白鵬の相撲は反応が早く、いつまで
も不利な体勢でいない点である。だが、照ノ
富士は間を与えず、攻め続け寄り切ってしま
った。

<白鵬戦>

千秋楽、照ノ富士対豪栄道戦。照ノ富士は
豪栄道に双差しを許すも寄りをしのぎ、逆に
腕をきめ攻めに転じ、最後はきめたままひね
ったような小手投げで豪栄道を土俵に沈めた。
13勝2敗の好成績で殊勲・敢闘をダブル受賞
した。優勝は14勝1敗の白鵬となった。照ノ
富士が最後まで2敗で白鵬に食いついていっ
た。この場所照ノ富士は脅威の強さをみせた。

<豪栄道戦>

(この項目続く)

おでんを食べました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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