大相撲

新大関3場所の通信簿5

<新十両の朝乃山>

千代大海は関脇のとき13勝2敗で優勝して
大関に昇進した。それも横綱3代目若乃花
相手に千秋楽、本割、優勝決定戦を制しての
逆転優勝だった。それが大関になったとたん
勢いが失われた。大関2場所目で早くも公傷
である。大関の公傷第1号は朝潮だが、最も
適用した大関が千代大海で4回だった。

<千代大海>

武蔵川(元三重ノ海)部屋の武双山は大関
2場所で地位を明け渡している。関脇に落ち
て10勝して大関に復帰したものの、もう一つ
ぱっとしない成績が多かった。武蔵川部屋
からはほかに出島、雅山と大関が誕生したが、
いずれも大関を陥落している。

魁皇は好スタートを切った。このあと千代の
富士の通算勝利数を抜いたり、大関在位60場
所の最多在位記録を達成したりすることは、
このとき想像できなかった。

<栃東>

栃東は新大関の場所でいきなり優勝している。
最高位大関の中では若羽黒、清國についで
3人目である。しかし、そのあとが続かなか
った。栃東は大関で3回優勝しているが、
「好成績を持続していくのは実に大変なこと
です」と語っている。

貴乃花は新大関のとき貴ノ花、若乃花は新大
関のとき若ノ花であるが、便宜上貴乃花、
若乃花で通すことにする。

<曙>

曙は大関3場所目に優勝している。これが
横綱に直結する優勝であった。曙が横綱に
なったことで、横綱不在は解消された。

貴乃花は大関2場所目で優勝しているが、
これが3回目の優勝となった。翌場所は横綱
曙、関脇若乃花と13勝2敗で巴戦になった。
曙の爆発力が凄まじく、若貴兄弟を粉砕して
いる。これによって貴乃花の横綱は先になる
ことになった。

<貴乃花>

武蔵丸は大関3場所目の優勝を全勝で飾って
いる。このときは大関若乃花とマッチレース
だった。ともに12日目までに全勝。13日目
両大関の直接対戦となった。武蔵丸が勝って
その後も勝ち続け優勝した。若乃花は14勝
1敗で惜しくも及ばなかった。

<武蔵丸>

(この項目続く)

上村松薗の画集を眺めています。。
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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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