北の富士さんは第52代横綱で、NHKの大相撲中継の解説者を55歳から80歳まで務めた。77歳だった2019年十一月場所には、福岡の放送席にその姿を見ようと人が集まった。聞きやすく端的に指摘する語り口で好評だったが、2023年三月場所から解説席に姿を見せなくなり、2024年十一月場所中に82歳で亡くなった。
※相撲記者・田口 通廣が2019年12月に書いた記事。解説者としての年数と訃報は田口の2024年の追悼記事、代数は日本相撲協会の歴代横綱の一覧(2026年9月27日確認)による。
放送席の北の富士さんに人が集まった|2019年十一月場所
2019年十一月場所の13日目、横綱の土俵入りが終わると、狭い場所に人が集まって放送席に目を向けていた。かつて福岡の放送席のゲストに黒木瞳さんが来たときは大変な騒ぎだったので、田口は有名人が来たのかと思ったという。
のぞいてみると、解説の北の富士さんがいた。その前にはNHKのカメラがあり、非常に狭い間を縫っての姿だった。

北の富士さんはレギュラーの解説者で、田口は何度も目にしている。国技館では、幕内前半の取組が終わったあと、相撲博物館のトイレで遭遇したこともある。
ただ、地方のファンにとっては一期一会に近いものがあるのかもしれない。北の富士さんは、女性に慕われる面ももっていた。
77歳の解説者と後継の行方
その北の富士さんは、2019年に77歳になった。明解の神風は60代で、重厚の玉の海は70歳で相撲解説者を退いている。
個人差はあるにしても、北の富士さんがいつまでも元気、とはいかない日がくるかもしれないと田口は書いた。
親方による解説も悪くはない。元稀勢の里、元寺尾の解説は好評である。しかし協会員では、どうしても発言に限界がある。

当時、協会外の解説者は北の富士さんと舞の海さんだけだった。田口は、北の富士さんの後釜をNHKはどう考えているのだろうかと問いかける。相撲仲間と話し合ったときには、3代目若乃花や、名勝負の番組に登場した旭道山の名前が挙がった。

聞きやすく端的な語り口
大相撲を見る人の大多数はテレビで、大相撲中継の楽しみは解説者によるところが大きい。北の富士さんの語り口は聞きやすく、端的に指摘するので好評だった。
田口は、時の流れはいかんともしがたいが、できるだけ長く務めてほしいと願っていた。
その後の北の富士さん|2024年十一月場所中に訃報
田口は2023年2月にも、80歳になった北の富士さんについて書いている(80歳を迎えた大相撲解説者)。
田口の追悼記事によると、北の富士さんが解説者の席に座ったのは55歳のときで、55歳からスタートして80歳まで務めた。
解説者として姿を見せなくなったのは2023年三月場所からで、2024年七月場所の初日にVTRで登場したのが最後になった。十一月場所中に訃報が伝えられ、82歳の生涯だった。
日本相撲協会の歴代横綱の一覧では、北の富士は第52代横綱で、下の名は勝昭、出身地は北海道旭川市、優勝は10回となっている。
よくある質問
Q. 北の富士さんは何歳まで解説をしていましたか?
A. 55歳で解説者の席に座り、80歳まで務めた。2023年三月場所から解説席に姿を見せなくなった。
Q. 北の富士さんはいつ亡くなりましたか?
A. 2024年十一月場所中に訃報が伝えられた。82歳だった。
Q. 北の富士さんの解説の特徴は?
A. 聞きやすく、端的に指摘する語り口で好評だった。
Q. 協会に属さない解説者は誰でしたか?
A. 2019年当時は、北の富士さんと舞の海さんだけだった。
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