安美錦は、相手の力を封じて自分の力が出せる体勢をつくる智略の相撲で上位に挑んだ力士で、2019年七月場所限りで引退した。引退後の年寄名は安治川で、所属する安治川部屋には大関の安青錦がいる。田口が智略力士だと実感したのは、2010年三月場所の関脇把瑠都戦だった。
※相撲記者・田口 通廣が引退直後の2019年7月に書いた記事をもとに、経歴と今の所属を日本相撲協会のプロフィール(2026年9月27日確認)で補った。
安美錦の引退|2019年七月場所限り
安美錦が2019年七月場所限りで引退した。ケガで休場していたが、このままでは幕下に陥落する。そう思えば引き際だった。
新しい相撲ファンは、力は衰えても奮闘して十両を維持するベテラン力士、というイメージをもつかもしれない。ところが、幕内上位で活躍していた安美錦は、まるで違った一面を見せてきた。

智略力士とは|笠置山の伝説
どうしたら勝てるか、どうすれば勝てるか。戦前、連勝を続ける双葉山に対し、出羽一門が笠置山を参謀として智略を尽くして作戦を練ったという伝説が残っている。
田口は、智略という言葉にふさわしい相撲を取ったのが安美錦だと書く。ときには上位を食い、ときには技能相撲を発揮した。
2010年三月場所の把瑠都戦|相手の力を封じる相撲
あまりクローズアップされていないが、田口が安美錦を智略力士だと実感したのは、2010年三月場所の把瑠都戦である。
把瑠都は当時関脇で、前頭3枚目の豪栄道、小結の稀勢の里を退けてひた走っていた。その関脇把瑠都に、安美錦はあらん限りの死力を尽くして抵抗した。
ひとことでいえば、相手の力を封じ、自分の力が出せる体勢をつくった相撲だった。自分十分で相手も十分、あるいは自分だけ十分でも、胸を合わされては体力負けするからである。

勝負は熱戦となったが、もう一歩およばなかった。それでも田口は、安美錦は最高の相撲を見せてくれた、目が離せない智略相撲だったと書いている。
引退後は安治川親方|安治川部屋には大関安青錦
日本相撲協会の年寄プロフィールでは、安美錦の本名は杉野森竜児、出身地は青森県西津軽郡深浦町。現役時代は伊勢ヶ濱部屋に所属した。
初土俵は平成九年一月場所、新入幕は平成十二年七月場所、新三役は平成十八年十一月場所で、最高位は関脇。引退場所は令和元年七月場所となっている。
通算成績は907勝908敗55休(135場所)、幕内では678勝730敗47休(97場所)。引退後の年寄名は安治川で、所属は安治川部屋。安治川部屋には大関の安青錦が所属している(2026年9月27日確認)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 杉野森 竜児 |
| 出身地 | 青森県西津軽郡深浦町 |
| 現役時代の所属部屋 | 伊勢ヶ濱 |
| 初土俵 | 平成九年一月場所 |
| 新入幕 | 平成十二年七月場所 |
| 新三役 | 平成十八年十一月場所 |
| 最高位 | 関脇 |
| 引退場所 | 令和元年七月場所 |
| 年寄名・所属部屋 | 安治川・安治川 |
よくある質問
Q. 安美錦は今なにをしていますか?
A. 2019年七月場所限りで引退し、年寄・安治川として安治川部屋に所属している。安治川部屋には大関の安青錦がいる(日本相撲協会、2026年9月27日確認)。
Q. 安美錦はなぜ智略力士と呼ばれるのですか?
A. 相手の力を封じ、自分の力が出せる体勢をつくる相撲で上位に挑んだからである。田口は2010年三月場所の関脇把瑠都戦を例に挙げている。
Q. 安美錦の最高位は?
A. 関脇。協会のプロフィールでは新三役は平成十八年十一月場所である。
Q. 安美錦の通算成績は?
A. 907勝908敗55休(135場所)。幕内では678勝730敗47休(97場所)だった。
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