大相撲

智略力士安美錦

2019年7月30日

安美錦が七月場所限りで引退した。ケガで
休場していたが、今のままでは幕下に陥落
する。そう思えば引き際であった。安美錦
というと新しい相撲ファンは、力は衰えて
いるが、それでも奮闘して十両を維持して
いるベテラン力士、というイメージをもつ
かもしれない。ところが、幕内上位で活躍
していた安美錦はまるで違った一面をみせて
きた。

どうしたら勝てるか、どうすれば勝てるか。
戦前、連勝を続ける双葉山に出羽一門が笠置
山を参謀として智略をつくして作戦を練った。
という伝説が残っている。

智略、その言葉にふさわしい相撲を取った
のが安美錦である。ときには上位をくい、
ときには技能相撲を発揮する。あまりクロー
ズアップされていないが、安美錦が実は智略
力士ではないかと実感したのが、2010年三月
場所の把瑠都戦である。
安美錦1A
把瑠都は当時関脇であったが、前頭3枚目の
豪栄道、小結稀勢の里を退けてひた走って
いた。その関脇把瑠都に安美錦はあらん限り
の死力を尽くして対戦し、抵抗した。それは
ひとことでいえば相手の力を封じ、自分の力
が出せる体勢をつくった相撲であった。自分
十分相手も十分、または自分だけ十分でも
胸をあわされては体力負けする。
安美錦2A
勝負は熱戦となったが、もう一歩およばなか
った。だが、安美錦は最高の相撲を見せて
くれた。まさに目が離せない智略相撲だった。

届いた荷物、受け取り証明は電子サインでした。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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