大翔鵬の経歴|千葉で育ったモンゴル出身、流山南高から追手風部屋・入幕まで6年

大翔鵬はモンゴル出身で、少年期に来日して千葉県で育った力士である。千葉県立流山南高校の相撲部から追手風(元大翔山)部屋に入り、新十両で5勝10敗の壁に当たりながら、6年かけて入幕した。モンゴル出身では25番目の入幕力士にあたる。

※相撲記者・田口 通廣が入幕の決まった2019年2月に書いた記事をもとにした。年齢・体格・連続勝ち越しは記事の時点の数字。

目次

モンゴル出身25番目の入幕|千葉県で育った相撲少年

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大翔鵬が入幕を決めた。モンゴル出身では25番目の入幕力士にあたる。平成に一大勢力を築いたモンゴル勢の一翼を担うまでになった。

モンゴル出身の入幕力士は、下の画像のとおりである。

モンゴル幕内力士A

大翔鵬は少年期に来日し、家族とともに千葉県で暮らした。小学生のころは相撲のスポーツ団体に所属する相撲少年だった。

中学で一時ほかのスポーツをしていたが、再び相撲に打ち込み始めた。高校は千葉県立流山南高校の相撲部に所属し、勝利に貢献した。

追手風部屋に入門|5場所で幕下、序二段で優勝

大翔鵬A

卒業後、声をかけられていた追手風(元大翔山)部屋に入門した。出世は順調で、わずか5場所で幕下に上がり、序二段では優勝もしている。

130721千秋楽十両 640
<序二段で優勝した大翔鵬>

幕下は16場所|負け越しはすべて3勝4敗

幕下は16場所かかった。勝ち越し12場所、負け越し4場所で、勝ち越しは5勝2敗が最高、負け越しはすべて3勝4敗だった。

田口は、着実に番付を上げていく傾向がこのあたりから見えると書いている。

幕下の16場所場所数中身
勝ち越し12場所最高は5勝2敗
負け越し4場所すべて3勝4敗
大翔鵬の幕下時代(田口 通廣の集計)
160119十日目幕下以下 780
<幕下時代の大翔鵬(右) 対戦相手は宇良>

新十両で5勝10敗|1年かけて十両に戻り入幕

ところが、新十両では大きな壁に当たった。5勝10敗と大敗し、幕下に逆戻りしたのである。

幕下でも3勝から5勝の傾向は変わらず、1年かかってようやく十両に復帰した。

再十両では9勝が2度、8勝が5度と、じわじわ番付を上げて入幕を決めた。入幕まで6年かかった。

161116四日目幕下 641
<新十両の大翔鵬>

入幕時は24歳|183センチ・177キロの右四つ

入幕を決めたときの大翔鵬は24歳で、まだ成長途上だった。183センチ、177キロで、右四つ寄りの相撲である。

記事の時点で、幕下を含めて10場所連続で勝ち越していた。田口は、11場所連続の勝ち越しなるかも注目点だと書いている。

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よくある質問

Q. 大翔鵬の出身はどこですか?
A. モンゴル出身。少年期に来日して家族とともに千葉県で暮らし、高校は千葉県立流山南高校の相撲部に所属した。

Q. 大翔鵬の所属部屋は?
A. 追手風(元大翔山)部屋。高校卒業後、声をかけられていた部屋に入門した。

Q. 大翔鵬は入幕まで何年かかりましたか?
A. 6年。新十両で5勝10敗と大敗して幕下に戻り、1年かけて十両に復帰したあと入幕を決めた。

Q. 大翔鵬はモンゴル出身の何人目の幕内力士ですか?
A. 25番目の入幕力士にあたる。

関連記事:追手風部屋の力士一覧/モンゴル3横綱を比較/勢の土俵歴

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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