大相撲

矢後の出世街道

2018年12月27日

幕下15枚目格付け出しでデビューした矢後が
1年4場所かかって、新入幕を果たした。
御嶽海が幕下10枚格付け出し4場所で入幕
したのと比較するといかにも時間がかかった
感がする。改めて矢後の出世街道をみていこ
う。

矢後はいわゆる相撲少年であった。少年の
うちから相撲を取ると、心身ともに相撲っ子
になる。その子にとってもの心は相撲なの
である。矢後は相撲が強くなるコースを歩ん
できた。
矢後A
北海道出身であるにも関らず、高校は相撲の
名門埼玉栄高校に進学した。さらに大学は
中央大学相撲部に入部した。そこで相撲を
強くし、4年生のとき全日本選手権で優勝し、
アマチュア横綱という最大級の栄誉を獲得
したのである。

平成29年2月ついに矢後はプロの道に入る
ことになった。部屋は尾車部屋である。十両
までは2場所と順調な出世であった。矢後
やるな、と思わせた。ところが十両では2場
所連続負け越しで幕下へ降格した。早くも
壁の出現となり、はね返された。おや、これ
はちょっと様子が違うぞと感じさせた。
170723千秋楽内前十下以下 870
<幕下優勝した矢後>

十両へは1場所で復帰したが、またもや7勝
で勝ち越せなかった。矢後にとって十両は
簡単に突破できないクラスになっていた。
特に貴源治には4連敗と十両時代1度も勝て
なかった。ここ4場所はようやく連続勝ち
越し、新入幕を手にした。しかし、10勝が
最高成績でついに十両優勝は達成できなかっ
た。
170910初日十両幕下以下 400181125千秋楽幕下以下 612

<新十両の矢後>      <H30年十一月場所の矢後>

矢後は入幕してどこまでやるか。十両時代
明生に2敗、琴勇輝に1勝1敗、琴恵光に
2勝2敗、豊山に1敗、阿炎に1勝の対戦
成績を残している。新入幕の成績が今後の
矢後を決定するかもしれない。

めぞん一刻半分まで読みました。
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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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