大相撲

四股名あれこれ 現役幕下以下編

2017年10月29日

幕下以下は四股名花盛りである。もちろん
本名の力士もいるが、部屋の特徴の文字を
駆使した四股名や新感覚の四股名があふれて
いる。

【難読四股名】
次の四股名が読めるだろうか。
黎大 富蘭志壽 黒熊 美 天空海 貴公俊
敏夷東 迅風 大和海

黎大はれおんと読む。式秀(元北桜)部屋の
力士である。実はこれは本名の下の名前なの
である。式秀部屋にはほかに爆羅騎という
下の名前力士がいる。そういう意味では同じ
式秀部屋の富蘭志壽も似ている。これは
ふらんしすと読む。フィリピン生まれの力士
である。黒熊はくろかげと読み、美はちゅら
と読む。ともに宮城野(元竹葉山)部屋の
力士である。沖縄には沖縄美ら海水族館が
ある。
170516三日目幕下 263天空会
<天空海>

天空海(立浪部屋元旭豊)、貴公俊(貴乃花
部屋)は読める方がいるのでは。あくあ、
たかよしとしでテレビの大相撲中継に登場
している。貴公俊と再十両の貴源治は双子で
ある。敏夷東(玉ノ井部屋元栃東(子))は
さといあずま、迅風(尾車部屋元琴風)は
ときかぜと読む。大和海(山響部屋元巌雄)
は難読というより、読み方の問題である。
おおやまとうみと読む。

【1文字四股名】
幕内には勢、輝という1文字四股名の力士が
いる。幕下以下はどうか。
彩 葵 天(あまね) 錣山(元寺尾)部屋
漣(さざなみ) 頂  伊勢ノ海(元北勝鬨)
部屋
暁 櫻  高田川(元安芸乃島)部屋
鋼 睦(むつみ)  井筒(元逆鉾)部屋
魁  芝田山(元大乃国)部屋
美(ちゅら)難読四股名で登場
錣山(元寺尾)部屋は3人いる。井筒(元
逆鉾)部屋は数少ない弟子の中で2人もいる。
なお、芝、表などの本名力士は入れなかった。
1705219六日目幕下 650彩
<彩>

【下の本名が四股名】
北勝富士の前名は大輝であった。大輝は北勝
富士の本名の下の名前である。こうしたケー
スが幕下以下にけっこう見られる。
虎太郎 星飛(せいと)  藤島(元武双山)部屋
羅王 海波(みなみ)  立浪(元旭豊)部屋
爆羅騎 黎大(れおん) 式秀(元北桜)部屋
力斗  時津風(元時津海)部屋
隆貴  陸奥(元霧島)部屋
竜虎(りゅうこう)  尾上(元濱ノ嶋)部屋
勇磨  阿武松(元益荒雄)部屋
聖冴(せいご)  錣山(元寺尾)部屋
羅王と爆羅騎は、部屋は異なるが兄弟である。
170718十日目幕下以下 443虎太郎
<虎太郎>

【昔の名前で出ています】
錦木のように伊勢ノ海(元北勝鬨)部屋は
伝統的な四股名を名のる傾向がある。幕下
以下ではどうか。頂がいる。頂は江戸時代の
四股名である。文政から天保にかけて活躍
した伊勢ノ海部屋の力士である。明治にも
頂はいるが、こちらは高砂部屋の力士である。
同じく伊勢ノ海部屋にはもう一人有明がいる。
有明の名前は明治から大正の初めに活躍した
最高位小結の伊勢ノ海部屋の力士である。
有明はもう一人いるが、こちらは錦島部屋
出身である。鳴滝は江戸期複数いるが、伊勢
ノ海部屋出身の力士は見いだせなかった。

境川(元両国=小林山)部屋に對馬洋がいる。
こちらは大正時代に活躍した出羽海部屋の
力士名であり、最高位は大関であった。なか
なかビッグな四股名を受け継いだものである。
大空は江戸期に4人いる。しかし峰崎(元
三杉磯)部屋の大空は本名なのである。かつ
ていた本名力士丸山のようなものである。
170722十四日目十両幕下以下 184寺尾
<寺尾>

師匠の名を名乗っているのが、錣山(元寺尾)
部屋の寺尾である。寺尾にこめられた思いは
以下をクリックしてお読みいただきたい。

寺尾はその思いを受けて早く関取になって
いただきたい。

【番外】
追手風部屋は大翔○となる四股名が多い。
ところがこの中に「大翔」という力士がいる。
もう少し何とかならなかったのかな、と思わ
ずにはいられなかった。

以上、現役幕下以下の四股名あれこれでした。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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