大相撲

スーパー人気力士貴ノ花

2017年6月16日

日刊スポーツによる人気力士アンケート「第
6回大相撲総選挙」は稀勢の里に決定した。
稀勢の里は第1回から6回連続トップである。
稀勢の里の行く所、人が常に集まる。それも
尋常でない数である。今日の相撲人気は稀勢
の里人気といっても過言ではない。
170609富岡八幡宮 017
<稀勢の里の行くところ人が集まる>

人気力士といえば、貴ノ花が思い出される。
初代若乃花の22歳違いの弟で、軽量ながら
土俵をわかせた。貴ノ花が本当に土俵をわか
せたのは、大関時代よりもむしろ関脇・小結
のときであった。小兵でも立ち合いは、真っ
向からぶつかっていった。そのため、土俵際
かなりスリリングな相撲があったが、それが
また観客をわかせた。昭和45年九月場所、
横綱大鵬に始めて勝って殊勲賞を受賞した。
貴1
<貴ノ花>

翌場所の十一月場所、貴ノ花は奮闘したが、
玉の海・大鵬・北の富士の3横綱・大麒麟、
清国、琴桜、前の山の4大関に敗れ、さらに
関脇以下の福の花にも負け、7勝8敗で負け
越した。しかし、連日の奮闘とお客を呼び
寄せた功労で、主催者の福岡スポーツセンタ
ーから特別に表彰された。

貴ノ花最大の死闘は昭和46年一月場所の大鵬
との一戦であった。貴ノ花の出し投げに大鵬
は泳いで土俵際に詰まった。必死で吊りに
いく貴ノ花。つま先立ちで必死に残す大鵬。
思いがけない展開はそこからおこった。大鵬
が体をあびせる形になって貴ノ花の足が変に
曲がって倒れこみ、休場においこまれた。
貴ノ花!!
<貴ノ花の記事>

貴ノ花が大関清国に足を取られながら、
逆転した相撲も印象深い。北の富士の外掛け
から体をのせてくるのを反り投げで返し、
北の富士が手をついた。このときの手がつき
手かかばい手か論議をよんだ。行司は貴ノ花、
審判は北の富士だった。筆者の印象では頭
からつっこんだ北の富士の手つきがいかにも
早すぎた。かばい手というならも頭からつっ
こむ直前に手をつくべきであった。

土俵をわかせた貴ノ花は、双葉山、初代若乃
花とともに昭和三大人気力士に数えられた。

ブルーレイのリモコンが調子悪いため、
新しいのを購入した。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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