大相撲

未知数稀勢の里

2017年5月12日

三月場所で重症をおった稀勢の里が五月場所
の出場を決めた。春の巡業を休み、横綱審議
委員会の稽古総見を欠席してきた。出稽古は
6日からだが、手探りからある程度まで戦え
る内容だった。その間出場すると断言する
ことはなかった。取組編成が行われる12日
までには出場か休場か結論を出さねばならな
かった。出した最終結論は本人の意向による
出場だった。
170326千秋楽幕内・表彰 594
<ケガが心配される稀勢の里>
 
稀勢の里の出場、それは稀勢の里を見たい
相撲ファンにとっては朗報である。なにしろ
横綱として国技館初登場である。横綱審議
委員会の稽古総見を見に来たファンは、肩す
かしをくっただけに、稀勢の里の出場は待ち
に待ったという感が強い。稀勢の里の行く
ところ常に大勢の相撲ファンあり。日本人
横綱の効果は想像以上に大きい。
170127稀勢の里明治神宮 186
<明治神宮では大勢の観衆が集まった>
 
出場を危ぶむ方もいる。無理はケガを悪化
させる。ケガで左は十分使えているとはいえ
ない。稽古不足である。もっともである。
特に稽古と本場所は違う。本場所では稀勢の
里の左は狙われる。左前褌右おっつけ、あた
ってはず押し、あるいは右突き落とし、突っ
張り合い、右小手投げなどの攻略法が考えら
れる。また、稀勢の里が寄ってきても左に
まわって長い相撲に持ち込むなど、幕内上位
は稀勢の里の弱点をつかずにおかない。

逆に稀勢の里はどんな相撲を取るべきか。
立ち合いは鋭く踏み込み、左はあさく、ひた
すら前に圧力をかける相撲である。自分が力
を発揮できる体勢をつくることである。三月
場所、照ノ富士戦で取った乱戦相撲、捨て身
の小手投げ相撲はもう忘れることである。
あの手の相撲は何度も通用しない。徐々に
調子をあげていって横綱・大関戦にはいって
いければ戦える。
170326千秋楽幕内・表彰 558
<優勝を決めた小手投げ>
 
問題は、稀勢の里は千秋楽まで相撲を取れる
のだろうか。相撲を取ってみたがやはりだめ
だった。あるいはケガがさらに悪化しての
途中休場が最悪である。初日は14日から始ま
るが、稀勢の里が無事務まるよう、今は祈る
ような気持ちである。
暑いのは苦手です。

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よしなに
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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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