大相撲

玉の海梅吉氏が残した言葉

2016年8月25日

今、相撲は若貴当時に準じる人気である。
今年に入って、すべての場所で満員御礼が
続いている。九月場所のチケットの売れ行き
も好調過ぎるほどである。この人気の要因が
なんともつかみにくいが、人気がある事実は
事実として認めなければならない。

NHKの解説者だった故玉の海梅吉氏が現代
の大相撲を見たら何と言うか。推測すること
はできる。実は昭和48年一月場所は15日間中
14日間満員御礼が出た場所だった。この場所
輪島・貴ノ花は大関として東京場所初登場だ
った。横綱は北の富士一人であった。前場所
の十一月場所大関で久々に優勝した琴桜が、
思いもかけぬ勢いで連続優勝して32歳で横綱
昇進を決めた場所であった。
琴
<昭和48年一月場所の記事>
 
そんな場所に故玉の海梅吉氏は、報知新聞
(現在のスポーツ報知)の「切り捨てご免」に
次の言葉を残している。

(前略)上位に若手が進出したのが幸いした
のか、二、三年からみると、ファンも若返っ
た。女性もふえた。そんなファン層をみるに
つけ、だが、私は素直に喜べないのだ。

思えば昭和十一年ごろ、双葉山の全盛時。玉
錦という好ライバルを得て、二人は独特の持
ち味を発揮しながらせり合っていた。中身の
濃い高度な内容をもった土俵を思うと、いま
でもからだに戦りつに似た感動が走る。いま
の力士には”定型”がなくなった。今場所、
唯一の例外は琴桜が左のど輪、右おっつけの
武器一本で戦い、優勝したことだ。けちは
つけたくないが、これとて全盛期をすぎた人
の優勝。それというのも、定型をもたぬ力士
と、それを許す周囲が悪いのだ。
梅吉
<玉の海氏の切り捨てご免>
 
最近、相撲の型という言葉は使われなくなっ
た。型というと何かにはめ込むようなイメー
ジを受けるかもしれないが、違う。理にかな
い、自分の力が十分に発揮できる体勢をいう。
うまい相撲というのは、実は自分十分の型に
もち込める力士のことをいう。故玉の海梅吉
氏の言葉は続く。

力士は自己の限界の数歩手前で努力を打ち
切っているように思えてならない。(中略)
土俵をつとめるのは八分の力に甘んじる力士
たち。相撲人気は浅瀬のさざ波。さっと潮が
引いたときに、あとはなんも残らないという
のに…。(後略)

現代の相撲は大型化から大味な相撲が目立つ。
相手の攻めにこらえにくい。傾いたら復元しに
くい。うっちゃりも吊り出しも水入りも珍しくなっ
た。名人技も少ない。故玉の海梅吉氏が現代
の大相撲を見れば昭和48年当時より辛らつ
な言葉がでてくるかもしれない。

久々に片道20分の写真店迄行ってきた。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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