大相撲

今年の土俵の目撃者を振り返って

2015年12月29日

今年も残すところ2日強となった。振り返れば土俵の目
撃者は様々なテーマに取り組んできた。10月には3回に
わたって「無念!玉の海}を書いた。腰で取る相撲で抜
群の安定感を誇った玉の海が、27歳という若さで帰らぬ
人となったときの衝撃・悲しみは一生忘れられないくらい
脳裏に刻まれるできごとだった。そんな思いを綴らずに
はいられなかった。幸い反響はあったようで、今でも読ま
れているようだ。
玉の海2
<非売品 玉の海記念写真集 玉の海東京後援会刊行より>
 
「出羽海の系統」は17回という長きになった。出羽海の
ルーツをどこにもっていくか。歴史が古くなればなるほ
どどこまで触れるのが適当か難しかった。三河島事件・
春秋園事件という大きな事件も触れざるを得なかった。

今の方はピンとこないかもしれないが、出羽海には分家
独立は許さないという不文律があった。鉄の掟であった。
そんななか、自分が出羽海になる可能性をつぶされた元
千代の山の九重が独立に踏み切った。実は出羽海の系
統で最も書きたかったのは、九重の破門独立であり、元
千代の山についていった大関北の富士が、独立直後の
場所で劇的な初優勝を飾ったことである。このできごとで
相撲はドラマ、土俵は人生の縮図と最も実感したときであ
った。
北の富士優勝
<北の富士初優勝を報じる大相撲 読売新聞社刊>
 
記録の面では「白鵬が驚異的なスピードで迫る通算勝利
数」が長きにわたって読まれ続けている。意外と思うかも
しれないが、実は魁皇が平成23年七月場所で、通算最多
勝の1047勝をあげたとき、白鵬はいつかこの記録を抜く
ことを予感した。よほどのアクシデントがない限り、実現性
は高まっている。現在白鵬は通算946勝である。

幕内勝利は852勝で魁皇の879勝は射程内である。横綱勝
利は658勝で北の湖の670勝を抜くのは時間の問題である。
151119十二日目幕内 173
<白鵬>
 
記録の面で苦労したのは「横綱の休場率」である。明治
末から平成まで横綱は53人である。50人を超えると簡単
に済む量ではない。しかも53人すべて何度も数字を見直
した。作業は難航したが、横綱の休場率を出す意味合い
は大きかったと思う。、
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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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