大相撲

初期の外国人の優勝

2015年12月28日

日本人の優勝が出なくなって久しい。日本出身の日本人
の最後の優勝は平成18年一月場所の大関栃東である。
それでは逆に外国人の初優勝はというと昭和47年七月場
所の高見山である。この年は一月場所から誰が優勝する
かわからない戦国場所であった。事実一月場所から五月
場所まですべて初優勝であった。迎えた七月場所は高見
山が平幕で2敗。関脇貴ノ花が3敗で追う展開になった。
横綱北の富士は全休。大関陣では、大麒麟は途中休場、
清国、琴桜はクンロク・ハチナナであった。

しかし、貴ノ花の追走も及ばず、高見山が13勝2敗で逃
げ切り、初優勝を達成した。大相撲史上初の外国人優勝
であった。柔道はオランダのヘーシンクに敗れ、本家の
面子まるつぶれであるが、相撲よお前もか。という見方
をされた。協会は相撲部屋で育ったのだから、それはあ
てはまらないと反論した。余談だが横綱・大関が総崩れ
の中で高見山が殊勲賞受賞となった。それは優勝争いを
盛り上げたという拡大解釈によるものだった。

高見山
<高見山の優勝記事>

外国人の優勝第2号は、平成元年の十一月場所の小錦
である。小錦はすでに大関15場所目であった。しかし大
関としての成績は必ずしもよくなかった。前場所は負け
越しており、優勝した場所はカド番であった。小錦はその
後優勝-準優勝-優勝を達成したが横綱にはなれなかっ
た。某氏が雑誌に外国人横綱はいらないという内容を掲
載したことが影響し、人種差別騒動となった。その後優勝
はなく、大関を陥落している。

外国人の優勝第3号は曙である。平成4年五月場所のこ
とである。この場所は横綱北勝海が全休、大関小錦は不
振、大関霧島は途中休場の中で関脇曙が初優勝して大
関昇進を決めた。外国人初の横綱は曙によって実現した。

ここまではハワイ勢による優勝だが、朝青龍の登場とと
もにモンゴルへと移っていった。現代は白鵬・日馬富士・
鶴竜・照ノ富士とモンゴル全盛期である。その間欧州勢
の琴欧洲と把瑠都がわずかに1度のみ優勝している。日
本人の優勝は誰がどういうカタチでなしうるか。今後を
見守りたい。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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