大相撲

双葉山と白鵬を比較する

2015年2月20日

白鵬と大鵬・千代の富士の比較はこれまで何度となく
述べてきた。そこで今回は偉大な横綱であり、力士の
理想像である双葉山と比べてみることにした。双葉山は
戦前の横綱であり、年2場所の時代の力士である。何を
どう比較するか首をかしげる方がいるかもしれない。
また、双葉山の相手が立てばいつでも立つ立ち合いや
後の先の立ち合いを出されてはいかに白鵬といえども
気のどくなことになりかねない。比較するのはあくまで
記録に関することに絞って検証する。
150116六日目十両途中 570
<白鵬>
 
優勝は双葉山12回、白鵬33回。では優勝率はどうだろうか。
双葉山は1937(昭和11)年夏場所の初優勝から最後の
優勝1943(昭和18)年夏場所まで15場所間に12回優勝
している。優勝率は8割である。白鵬は2006(平成18)年
五月場所の初優勝から2015(平成27)年一月場所までの
52場所間に33回の優勝である。優勝率は6割3分5厘で
ある。横綱に限っていえば双葉山は17場所中9回で優勝率
は5割2分9厘と急激に下がる。白鵬は45場所中30回で
6割6分7厘と急上昇して双葉山を逆転する。もっとも
白鵬は現役で晩年の成績がない分有利といえる。

初優勝から最後の優勝までの勝率は双葉山は180勝16敗
3休で9割1分8厘である。これに対し白鵬は680勝85敗
15休で8割8分9厘である。取組編成が双葉山は系統別が
7場所、東西制が8場所ある。白鵬は当然部屋別である。
ただし双葉山の時代は11日制、13日制、15日制と変わって
いった。興行日数が短いほど強豪にあたることになる。
もっともこれは双葉山人気で観客が国技館に押し寄せた
ため、興行日数を増やしたのである。
横綱勝率は双葉山は180勝24敗22休で8割8分2厘、白鵬
は607勝68敗で9割とここでは白鵬のほうがいいが、晩年
の記録がない分有利に働いている。白鵬は記録の面では
双葉山と比べても遜色がない。記録の比較は終わりにして
どうしても双葉山の偉大さは記録以外の面にあることを
伝えたい。
双葉
<双葉山のブロマイド>
 
50年にわたって相撲を見てきた者の目には双葉山が最高の
ものと見えるし、あえて危険を承知でいえば絶後の人では
ないかとさえ思うのである。それはなぜか。どういう
ところからそう思うのか。ひとことで言えば相撲に対する
志の高さ、それをなま身の体に具現してみせた偉大さから
くるものであるといえよう。
(中略)
双葉山にとってはその力士に勝つか負けるかということは、
ほとんど問題にもならなかったことだろう。その力士と
どういう相撲をとるか、日ごろけいこした自分の相撲が、
その相手力士を媒体としてどう出るか。これが双葉山に
とっての命題であったろう。(昭和の名力士100人 日本
スポーツ出版社刊のなかから小坂秀二氏筆の双葉山の
項目より)

やはり双葉山は最高の横綱像であった。、

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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